2012/04/21

ネグローニ伯爵のカクテル

イタリアにはかつて、「ミラノ-トリノ」と呼ばれたカクテルがありました。
ミラノ生まれのカンパリと、トリノのヴェルモットを合わせたことから、そう呼ばれたもの。

これにソーダ水を加えたものが「アメリカーノ」。
名前の由来は諸説ありますが、約100年ほど前に誕生して以来変わらず、イタリアで
最も愛されているカクテルのひとつです。アペリティーヴォ(食前酒)の定番中の定番!

* * * * * * *

1919年~1920年。イタリア中部・フィレンツェのバール"Caffè Casoni"。
そこで、アペリティーヴォで毎日飲むアメリカーノに少々飽きていた男がいました。
彼の名は、カミッロ・ネグローニ伯爵(Conte Camillo Negroni)。

彼は、バリスタのフォスコ・スカルセッリ(Fosco Scarselli)に訊ねます。
「ソーダの代わりにジンを入れてくれないか?」

カンパリ、ヴェルモット、ジンを3等分に注いだこの味をとても気に入った彼は、その後も
この「いつもの一杯」(il solito)のために通い続けたといいます。
他の常連客も「ネグローニ伯爵のカクテル」を相次いで注文するようになり、そのまま
「ネグローニ」の名で定着して一気に広まりました。

Negroni

現在、アメリカーノとネグローニは、イタリアが生んだ世界のスタンダード・カクテルとして、
あまりにも有名ですね。
国際バーテンダー協会(IBA)の77種類の公式カクテルにも数えられています。
ネグローニ発祥の"Caffè Casoni"は、"Caffè Giacosa"として今でもフィレンツェにありますよ!

ミラノには、「ネグローニ・ズバッリャート」という面白い飲み方もあります。
「間違ったネグローニ」という意味で、ジンの代わりにドライ・スプマンテを使ったもの。
1960年代、ミラノの"Bar Basso"で考案され、これも現在では広く親しまれています。
アルコール度数はやや下がり、スプマンテの気泡が加わって、飲みやすくなっています。

Caffè Giacosa (ex Caffè Casoni) a Firenze

イタリアではどのバールでも、こうして日々新しいドリンクが生まれています。
コーヒーにしても、カクテルにしても、お客さんそれぞれが「こだわり(レシピ)」をもっていて、
例えばカプチーノだけでも、百種類以上ものレシピがあるわけです。

それら千差万別のドリンクをバリスタはつくるわけで(だからこそメニュー表をつくれないの
ですが)、特に個性的なレシピを、便宜上そのお客さんの名前を冠して呼ぶことがあります。
ネグローニの場合、それが世界的なスタンダード・カクテルになりましたが、
これは「バール文化が生んだ傑作」だと言うこともできるのです。

さて、このネグローニも、もし味の好みがあれば、それもバリスタに頼んでみましょう。
甘口ならスイート・ヴェルモットの分量をやや多めに、辛口ならジンを多めにすることで、
調整できるからです。
ですから、ネグローニひとつとっても、常連客の好みのレシピは、すべてバリスタの頭の中に
入っています。


遠くまで「美味しいバールを探し歩く」のではなく、近くのバールで「好みのレシピをバリスタに
覚えさせる」…。
実はこれが、早く確実、イタリア流の「良いバール」を見つけるポイント!
だからイタリア人はみんな、自宅や職場の近くなど、それぞれ便利な場所に行きつけの
バールをもつことができるのです。

これがイタリアのバール文化の最大の強み。
スターバックスなどのアメリカ系コーヒーチェーン店が、イタリアに一切進出できない理由も、
ここにあるのです。

あなたなら、バールでどんな個性的なドリンクを注文してみますか?
数十年後には、あなたの名前がスタンダード・ドリンクになっているかもしれませんよ!


カンパリ・公式サイト(イタリア語・英語・ドイツ語)
http://www.campari.com/
国際バーテンダー協会・公式サイト(英語)
http://www.iba-world.com/


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食前酒・アペリティーヴォ…って何?
バリスタの選び方


2012/04/19

食前酒・アペリティーヴォ…って何?

イタリアのバールの楽しみ方で、アペリティーヴォ(Aperitivo)を欠かすことはできません。
フランス語のアペリティフと同義で、「食前酒」という意味です。
食欲を増進させる働きがあって、バールでは食前酒に合わせたサービスも行っています。

夕食前の17:00頃から21:00頃までの間、バールのカウンターには様々なおつまみが並びます。
ポテトチップスなどのスナック類やピーナッツなど簡単なものを置くバールもあれば、
各種オリーブやカナッペ、カットしたピッツァやパニーノなどを揃えるお店もあります。
これらは、アルコールドリンクさえ注文すれば、自由に好きなだけとっていいのです!

夕食前ほどではないものの、ランチ前にも簡単なスナック類はカウンターに並びます。
また、夕方もしカウンターにおつまみが準備されていなくても、頼めばこうしたものを
出してくれるバールも多いですよ。もちろん無料。

規模の大小あれど、アペリティーヴォはイタリア食文化に欠かせない習慣ですから、
基本的にはどのバールでも、こうしたサービスを楽しむことができるのです。

Aperitivo al bar

ところで、そもそも食前酒向きのお酒とは、一体何を指すのか…。
食前酒の習慣に慣れていない私たち日本人には、少しわかりにくいですね。

一言でいえば、軽い口当たりで、ドライまたはビターな味わいのものが適しています。
代表的なものは、ビール、スプマンテ、ライトボディのドライワイン、ヴェルモットなど。

また、アメリカーノ、ネグローニ、アペロール・スプリッツといったカクテルは、定番中の定番。
その他なら、ベッリーニ、カンパリソーダ、キューバリブレ、マティーニ、ダイキリ、マルガリータ、
ジントニック、ジンレモン、ブラッディメリーなど。

逆に言えば、ディジェスティーヴォ(Digestivo)と呼ばれる「食後酒」向きのお酒を避けて
チョイスすればよい、とも考えられます。
ウィスキーやブランデー、アマーロ、グラッパ、クリーム系やコーヒー系リキュールなど。
アルコール度数の高いものや、甘過ぎるものは、胃を閉める働きがあるからです。

また、食前酒向きなら、ノンアルコールドリンクでも、実はおつまみを自由にとっていいのです。
ノンアルコールのカクテルやビールはもちろんのこと、コーラやスプーマなどの炭酸飲料、
フルーツジュースといったところまで。

クロディーノ(Crodino)やサンビッテール(Sanbittèr)といった、食前酒用のビター系ノンアルコール
ドリンクはオススメです。鮮やかな色合いと炭酸の気泡は、カクテルの華やかさそのもの!
お酒が飲めなくても、みんなで楽しめるのが良いところですね!

Americano

それでも、アペリティーヴォはあくまで食前酒。
1-2杯飲んで、軽くつまんで、お腹が減ってきたところで夕食に向かうのが、スマートな過ごし方。
外食前の待ち合わせ場所としても最適で、友人たちが揃うまで時間を気にせず楽しめます。

一日仕事を終えて、こうして家族や友人との食事に向かう人々の笑顔に接するのは、
バリスタとしても、とても気持ちの良いものです。

Aperi-Cena

ところで、近年の流行として、アペリチェーナ(Aperi-Cena)というサービスが人気を呼んでいます。
夕食という意味の言葉をつなげた造語で、ここで夕食を済ませられるほど本格的な料理を
豪勢に並べたサービス。
サラミ類やチーズ、パスタ、サラダ、フライや肉料理など、出来たてが次々に並びます。

最初のワンドリンクの料金が上がるお店が多いですが、料理はどれだけ食べても無料。
こうしたスタイルはミラノが発祥だといわれ、ミラノの各バールの充実ぶりには驚くばかりです。

アペリチェーナは、若い日本人留学生の皆さんにも大人気。
飲む場所として、小皿料理を揃える日本の居酒屋のようなお店が無いイタリアですから、
それも納得ですね。

旅行者の方々にも、ぜひ挑戦してほしいと思います。
イタリア人が賑やかに過ごす夕暮れのバールの雰囲気を、きっと楽しめるはずですよ!

でも、アペリティーヴォは、夜の始まりに過ぎません。
ここで心も身体もリラックスして、素敵な夜を過ごしてくださいね!


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2012/04/16

スマートなチップの渡し方

イタリアのバールで働いていて、日本から来るお客様から様々な質問を受けます。
その中で最もよく訊ねられることが、「チップはどうしたらいいか?」

「義務ではなくお気持ちなので」と言うと、皆さんとても安心して、チップを置いていきません。
日本文化を知る私個人としては感謝の一言だけで充分嬉しいのですが、ここではイタリアで
他のバールやリストランテを利用するときに戸惑わないよう、チップのシステムについて
少しお話ししてみようと思います。


そもそもチップとは何なのか?
感謝の気持ちを少しばかりのお金で表すことは、欧米社会ではとても自然なこと。
「感謝」と言うと曖昧になりますが、プロの技術・もてなしに対する「敬意」に近いニュアンスです。
「自身の満足度」と考えるより、「プロのサービスへの対価」だと言えば分かりやすいでしょう。

居心地良く楽しく食事ができることが普通ですから、もしチップを置いていかなければ、
「何か不手際があったのか?」と解釈されるでしょう。
チップ制度が前提の社会なので、現実的に店員の収入にも大きく影響してきます。

歴史や文化の根本から違うこの価値観を、日本の感覚で理解することは難しいのですが、
例えば日本でも、旅館の仲居さんに手渡す「心付け」に近い感覚だと思えば、どうでしょうか?
滞在中の担当として丁寧な仕事でお世話になり、さらに親身になって観光の相談にも乗って
もらえば、包む額も弾みたくなるものですよね!

* * *

とはいえ、ヨーロッパの感覚では(事実は別として率直な意見として)、アメリカのチップ文化は
働く人になら何でもばら撒いているような行き過ぎたものに映るといいます。
そのヨーロッパの中でも、イタリアはそれほどチップ制度が徹底しているわけではありません。
特に「専門技術」「特別待遇」に感動したとき、イタリア人は快くチップを置く傾向があるでしょう。
それ以外にチップを置かなかったとしても、マナー違反とまではなりません。

具体的には、丁寧に料理の説明を受けたり、特別メニューを頼んだり、写真を撮ってもらったり、
観光地のアドバイスを訊ねたりと、カメリエーレ(給仕)に通常の食事以上のサービスを受けた
場合は、必ずチップを渡すようにした方がいいと思います。
料理の味にも満足し、素敵な時間を過ごせたなら、やはりチップを置いた方がいいでしょう。


お店によっても異なりますが、テーブルを担当したカメリエーレがチップ全額を受け取る場合と、
後でコックも含めた従業員全員で分ける場合があります。
後者である場合を考えて、他の店員に見えないようにカメリエーレにチップを渡すお客様も
多くいらっしゃいます。握手をしながらこっそり渡す方も多いですよ!
担当したカメリエーレ個人に対する強い感謝の表れで、非常に喜ばれるひとつの方法ですね。

イタリアでは支払いはテーブルで済ませます。
チップを上乗せした額を渡せばスムーズですし、最後にテーブルに置いて出て行っても
問題ありません。チップを含めてカードで支払うこともできます。
慣れているお客様だと、明細書に「+○○ユーロ」と追記したり、「おつりは○○ユーロで」と
伝えたり、あくまでさりげなく済ませます。
直接手渡す場合は、「グラーツィエ/ありがとう」(Grazie)、「ペル・レイ/あなたに」(Per lei)と
言いながら渡せば自然です。イタリア語でチップを表す「マンチャ」(Mancia)を口にするのは、
やや直接的でスマートではありません。
(※サービス料(Servizio)が会計に含まれている場合は、チップは不要です)

* * *

ところで、ほとんど知られていないことが、バールのカウンターで立ち飲みするときのチップ。
ここでは通常必要ありませんが、チップを置けば喜ばれるでしょう。
カウンターに専用のお皿やグラスを置いているバールもあります。
エスプレッソやカプチーノなら、10セントか20セントのワンコインで充分です。

また、あらかじめチップを置きながら注文すると、ドリンクづくりからバリスタは気合いが入ります。
コーヒーやカクテルなど、最大の集中力と技術でつくった完璧な一杯を提供してくれるはず!
イタリア人の中でも、バールに詳しい通のテクニックです。


最後に、私が受け取った最も感動的なチップをご紹介しておきます。

テラスでランチをとった日本の若いカップルのお客様を担当したときのこと。
帰り際、カウンターで作業をしていた私のところまでわざわざ挨拶に来ていただきました。
そこで女性の方と握手をした際に、私の手の中に、飴玉を2つ残していかれたのです。
よく見ると、そこには日本語で「生梅飴」と書いてありました。
驚いたときには、笑顔で手を振りながら出て行かれる姿を見送ることしかできませんでしたが、
遠く離れた日本の懐かしい味と、「がんばってください」の一言に、涙が出る思いでした。


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2012/04/14

洋食ドリアの謎…

幼い頃から大好物だった、ドリア。
バターライスの上にベシャメルソース、チーズ、様々な具材をのせてオーブンで焼いたもので、
シーフードドリア、チキンドリアなどが定番ですね。

その材料や、日本の「洋食」の歴史から、フランス由来の料理だと思っていました。
しかし、某イタリアンチェーン店でも「ミラノ風ドリア」が人気メニューであることから、
ふとイタリア由来の可能性も考えてみたものです。
イタリアはリゾットなどの米料理がポピュラーですし、「ドリア」(Doria)はまさにイタリア語的な
言葉の響き…。


長いイタリア生活のなかで、ドリアのこともすっかり忘れていた頃、ジェノヴァ共和国の
名門貴族・ドーリア家について知ることがありました。
ルネッサンス期に海軍提督として一躍名を馳せたアンドレア・ドーリアを生んだ一族として、
ジェノヴァ人のみならずイタリア人なら誰でも知っている名家です。

ジェノヴァの名門サッカーチーム・サンプドリアの名前にピンときたら、かなりの勘の良さ!
町の西側・サンピエールダレーナ地区(Sampierdarena)の市立スポーツクラブと、
アンドレア・ドーリア提督の名を冠したスポーツクラブの両サッカーチームが、
1946年に合併して「サンプドーリア」(Sampdoria)となったのです。


この「ドーリア」家と、洋食「ドリア」が、こうして頭の中でつながったとき、両者の歴史的関係に
確信を抱きました。
実際に見識あるイタリア人に訊いて回ったところ、料理としてのドリアを知る人は皆無でしたが、
「ジェノヴァのドーリア家に関係しているかもしれない」と、一様に口をそろえるのです。

バターライスやグラタンといったドリアを構成する要素は、いかにもフランス的です。
地中海式農業のジェノヴァには、バターやお米をつかった伝統料理はほとんどありません。
しかし、ジェノヴァには隣接するフランスの影響を受けてきた歴史があり、また、フランス料理界で
ヨーロッパ社交界のドーリア家にちなむ逸話があったとしても、何の不思議もありません。

結論を言えば、ドリアはイタリア語ですが、イタリアのどの地域にもこのような料理はありません。
ジェノヴァにも、そしてミラノにも…。
某チェーン店の「ミラノ風ドリア」は、「(サフラン入り)ミラノ風リゾットのドリア」と名前を変えれば、
誤解はかなり減るでしょう。


日本でのドリアの発祥は、実は非常に明確な資料によって明らかになっていると分かりました。
戦前、横浜ホテルニューグランドの初代総料理長を務めたスイス人シェフ、サリー・ワイル氏
(Saly Weil)が最初につくったとされています。
日本に本格的な西洋料理をもたらした重要人物ですが、ドリアはフランス料理の手法を
用いた創作料理とのこと。やはり、日本で生まれた「洋食」だったんですね。

現在でもホテルニューグランドの名物料理だといいますが、発祥の経緯がこれだけ明らかなのに、
「ドリア」と名づけた理由に触れている文献が見当たらないことが不思議です…。
料理名には必ず由来があるもので、ワイル氏がこれについて何も語っていないとすれば、
きっとフランスにドリアという名の似たような料理があるのでしょう。
私にはフランス料理の知識はないので、それ以上はさらに調べる必要がありますが…。


イタリアではドリアのルーツを見つけることはできませんでしたが、日本の洋食文化の面白さを
あらためて発見し、フランス料理とイタリアの関わりを探る次の楽しみを見出した気がしました。


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ミートソースのピッツァ


2012/04/10

トスカーナ・ワイン街道(2) - モンタルチーノ

マッシミリアーノ・フェッリ氏と巡る、トスカーナ・ワイン街道。
モンテプルチャーノの町を後にし、西に山を下ると、オルチャ渓谷(Val d'Orcia)が広がります。

比較的平坦なキアーナ渓谷とは風景が変わり、よりやわらかな曲線で波打つ小麦畑は、
まるで緑のベルベットを広げたかのよう。
言葉にならないトスカーナの美しすぎる田園風景に、思わずため息が出てしまいます。

* * * * * * *

その途中に、世界遺産の町・ピエンツァがありました。
ローマ法王・ピウス2世が自らの名を冠してルネッサンス様式に造り変えた、中世の理想郷。
ここは羊の乳でつくられるペコリーノ・チーズが有名だということで、可愛らしい小さな町の
あちこちに、甘いチーズの香りが漂っていました。

ペコリーノには地元のハチミツを合わせて賞味するといい、最もよく合う甘過ぎないハチミツを
選んでもらいました。
秋には旬の洋ナシと合わせるのも定番。
フェッリ氏曰く、トスカーナ地方にはこんな言葉があるそうです。

「チーズに洋ナシを添えるとどんなに美味しいか、農夫に勧めるのは野暮」
"Al contadino non far sapere quanto è buono il cacio con le pere."

Pecorino di Pienza
Pecorino Toscano DOP

さらに西に進み、急斜面に張りつくブドウ畑やカンティーナ(ワイナリー)の看板が目立つ
ようになると、うねる山道の先の高台に、モンタルチーノの町が忽然と現れます。

モンタルチーノは、トスカーナのみならずイタリアでも最高級と評される赤ワイン、
「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノDOCG」を生む、世界的に有名なワインの聖地。
その華やかな名声に比べて、町は小さく素朴なたたずまいで、中世に迷い込んだような
錯覚を起こさせるほど、落ち着いた雰囲気が印象的でした。

それでも町の最も高い場所にそびえる巨大な要塞は堂々とした威厳を放ち、中世からの
無骨な気風が、「ワインの王様」を生んだのではと思わせるほど。
強烈な存在感は、町のシンボルです。

その要塞の中に、市営のエノテカを見つけました。
そこには様々なカンティーナのブルネッロが並び、圧倒的な光景に気持ちは高まります。
スーパー・タスカンと呼ばれる、新時代のイタリアワインの最高級品も一堂に揃え、
1000ユーロにも達するボトルを手にする緊張感に、心も酔いしれるほど…。

破格の名声を誇るこのワインは、実はそれほど歴史の古いものではありません。
1850年代、クレメンテ・サンティ(Clemente Santi)という人物が、すでにキャンティなどに
使われていたサンジョヴェーゼ種から、サンジョヴェーゼ・グロッソという新しいブドウ品種を
生み出し、まもなくワイン造りが始まります。
その後各地の国際博覧会で次々と賞を獲得して、一気に世界的評価が高まったのです。
現在ではアメリカ系大資本などからの投資が続き、生産者数や栽培面積は飛躍的に
急増しています。


ここでは、バールでゆっくりブルネッロを味わうことにしました。
この地域の生ハム、サラミ、チーズを切ってもらい、ブルネッロの力強くもなめらかな深い
味わいを堪能しました。

しかもそのバールのセレクトは、2003年もの。私がイタリアで暮らし始めた年です!
右も左も分からず、新鮮な発見の連続と文化の大きな壁に無我夢中だった1年目。
とても暑かったあの夏に育ったブドウと、10年目の今その故郷で再会し、感慨もひとしおでした。
時代を超えて自分の原点と向き合える喜びも、ワインの大きな魅力のひとつですね。

Brunello di Montalcino DOCG

ブルネッロと同じ地域・ブドウ品種で造られるものに、「ロッソ・ディ・モンタルチーノDOC」が
あります。
最低28ヶ月(樽熟成24ヶ月+ボトル内熟成4ヶ月)の熟成を要するブルネッロに比べて、
こちらは収穫翌年の9月には出荷でき、比較的リーズナブルな価格で楽しむことができます。

私にとっては、高級イタリアワインの美味しさを初めて知った思い出の1本で、大切な人への
贈り物として決めている銘柄。自信を持ってオススメします!

約60本ものワインを試飲できるエノテカ


ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ協会・公式サイト(イタリア語・英語・中国語)
http://www.consorziobrunellodimontalcino.it/


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トスカーナ・ワイン街道(1) - モンテプルチャーノ
ボルゲリ - ブドウ畑の貴族邸


2012/04/03

トスカーナ・ワイン街道(1) - モンテプルチャーノ

ワインの名産地として名高いトスカーナ州の中でも、モンテプルチャーノとモンタルチーノの町は、
イタリアを代表する最高級の赤ワインを生む地域として有名です。

先日、この地域のワインと食文化の取材に出かけてきました。
交通の不便なこのトスカーナ州南部の田舎町を車で案内してくれたのは、いつもお世話に
なっているマッシミリアーノ・フェッリ氏。イタリア伝統料理に造詣が深く、グルメ社交界に
幅広い人脈をもつ、食のエキスパートです。
今回は、モンテプルチャーノで出会った代表的なワインを、いくつか紹介しようと思います。

* * * * * * *

トスカーナ州南東部に位置するキアーナ渓谷(Val di Chiana)は、有名なフィレンツェ風Tボーン
ステーキに使用されるキアーナ牛のふるさと。
その西側、ブドウ畑やオリーブ林が広がる緩やかな丘陵の先の高台に、堂々とそびえる
レンガ色のモンテプルチャーノの町があります。
町からは、遠くウンブリア州のトラズィメーノ湖まで見渡す絶景が広がり、中世の建物が続く
歴史的な街並みの至るところに、カンティーナ(ワイナリー)の直営エノテカがありました。

その中でも、町の中心・グランデ広場に面したコントゥッチ宮(Palazzo Contucci)を訪ねます。
ここは第二次世界大戦中にフェッリ氏のお母様が暮らした歴史的建造物で、現在では
地下にあるカンティーナを見学することができます。
熟成中のワインの呼吸まで聞こえてきそうな静寂の中に、いくつもの樽が並んでいました。
フェッリ氏の祖父は樽造りの職人だったといい、非常に高度な技術を要する樽造りについても
説明してくれました。



ここで私たちを出迎えてくれたのは、1961年からこのカンティーナで働くというアダモ氏。
75歳には見えない鋭い眼差しと大きな笑い声が印象的な、ワイン造りのマエストロです。
世界の様々なガイドブックにも写真付きで登場する有名人だということで、話を聞いている
間にも、彼を訪ねるアメリカ人たちがやってきたほどです。
ここでは、モンテプルチャーノの様々な種類のワインを試飲させてもらいました。


この町を代表するワインといえば、「ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチャーノDOCG」。
イタリアでも最も古いワイン銘柄のひとつで、8世紀にはすでに文献に記されています。
1966年にDOC認定、さらに1980年にはDOCGに昇格し、「ノービレ=高貴な」の名にふさわしい
歴史と気品をもつワインです。

このワインを語るときに欠かせない言葉があります。
「モンテプルチャーノ、あらゆるワインの王」 "Montepulciano, d'ogni vino è re"
1685年、イタリアの詩人・フランチェスコ・レーディ(Francesco Redi)が、著書『Bacco in Toscana』
の中で記した言葉で、町の人々が今でも誇りとする一節です。

ブドウ品種は、この地で「プルニョーロ・ジェンティーレ」(Prugnolo Gentile)と呼ぶサンジョヴェーゼ
を70%以上使用。これにカナイオーロ種などその他の品種が加わります。
24ヶ月以上の樽熟成が義務付けられていて、3年間(最後の6ヶ月間はボトル内熟成)の
熟成を経たものは、「リゼルヴァ」(Riserva)となります。

Vino Nobile di Montepulciano DOCG

そしてもうひとつ。「ロッソ・ディ・モンテプルチャーノDOC」。
生産地域やブドウ品種はノービレと同じですが、収穫翌年の3月以降には出荷できるため、
比較的リーズナブル。まずはこちらでノービレの品種を試してもいいでしょう。

私もよく自宅で飲みますが、非常にバランスの良いふくよかな味わいで、家を訪ねて来る
お客さんにも安心して出せるワインです!

Rosso di Montepulciano DOC

モンテプルチャーノの町は、ローマ帝国以前のエトルリア時代からの歴史をもつ、きわめて
古い町です。
町の人々のことを「モンテプルチャネーゼ」とはいわず、ラテン語由来の「ポリツィアーノ」と
呼ぶのも、その歴史の深さを表しているよう。
この町出身のルネッサンス期の大詩人・ポリツィアーノや、世界的に有名なカンティーナ・
ポリツィアーノの名前の方を知っている方もいるかもしれませんね。

エトルリア時代の典型的な丘の上の町、中世の美しい街並みを残す町、豊かな自然と
食文化を誇る町、そして何より親切で優しい人々の住む町として、ワイン愛好家の方々に
限らずぜひ訪れてほしいと思います。


ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチャーノ協会・公式サイト(イタリア語・英語)
http://www.consorziovinonobile.it/


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干しブドウの一級ワイン