2014/01/21

イタリアンバールの格付け最高峰

レストランを格付け評価するガイドブックの代表は、言わずと知れた『ミシュラン』。
ここイタリアでも知名度は高いのですが、フランス的な視点で選ばれるモダンアートとしての料理や高級志向のお店は、伝統的な料理やサービスを求める大多数の一般的なイタリア人にとって、信奉するほどの影響力はありません。

イタリアの書店に入れば一目瞭然。
『ミシュラン』を見つけることはできなくても、イタリア国内の出版社による格付けガイドブックが
目立つ場所に多数並んでいます。
リストランテ、トラットリア、オステリアなど様々な形態の飲食店を評価し、紹介しています。

ガンベロ・ロッソ社の『バール・ディタリア』(Bar d'Italia)は、その中でもイタリアのバールを
格付けする唯一のガイドブック。
創刊は2003年と比較的新しいのですが、当初800店舗の掲載でスタートしたものが、
最新の2014年版では1750店舗がエントリー。いずれも厳選された名店ばかりです。

各店舗の評価基準は2つ。
エスプレッソドリンクの味に対する評価を「コーヒー豆」(Chicco)のマークで表し、
お店の総合評価(店内環境、衛生面、サービス、サイドメニュー、カクテル等)を
「コーヒーカップ」(Tazzina)で表します。

それぞれの最高点はマーク3つ。
コーヒー豆「3」&コーヒーカップ「3」の満点を獲得したバールは、「年間最優秀バール」(Bar dell'Anno)を選出する「ファイナリスト」とされます。
10年連続で「ファイナリスト」に選ばれたバールには「星」マークが与えられ、殿堂入り扱いと
なります。

この星付きバールは、2014年版で、イタリア全国でも11店舗しかありません。

その中の1つ、フィレンツェ郊外にあるバール『トゥットベーネ』(Tuttobene)を取材してきました。


知人を介して紹介されたのが、オーナーのクラウディオ・ペッキオーリ氏(Claudio Pecchioli)。
若い頃、フランスやドイツで修業を重ねた同氏は、1982年にフィレンツェ近郊・カレンツァーノに
バール『トゥカーノ』(Tucano)を開業します。
1996年にカンピ・ビゼンツィオに移転してオープンしたのが『トゥットベーネ』。
『トゥカーノ』からの共同オーナー、マルコ・パスクイーニ氏(Marco Pasquini)と二人三脚で、
現在の確固たる評価を築いてきました。

朝食にはやや遅い朝10時半にお店に着いたのですが、カウンターには様々な種類の
ブリオッシュが鮮やかに並び、第一印象から心が躍ります。
同店は天然酵母によるペストリーに特に力を入れており、ペッキオーリ氏が語る天然酵母の
未来像にも熱が入ります。


カプチーノのクオリティの高さは圧倒的という他ありません。
艶やかなフォームドミルクと香ばしいエスプレッソが渾然一体となって口の中で広がります。
コーヒー豆はボローニャの焙煎所に特注したもので、ミルクは地元酪農家から仕入れています。

ペッキオーリ氏がカウンターに入れてくれ、バリスタのマウリツィオ・メニケッティ氏(Maurizio Menichetti)の説明で、エスプレッソドリンクのサービスの流れを目の前でしばらく観察します。

一度に7杯を同時に抽出し続ける4連式のエスプレッソマシンや、広いカウンターの作業台は、
忙しい時間帯にも関わらず常に清潔に整えられています。
これはとても大事なことなのですが、実際には思うほど簡単なことではありません。

カウンターに波のように人が埋め尽くす時間帯では、経験の浅いバリスタではドリンクを出す
だけでも手一杯でしょう。コーヒーの粉ひとつ、水滴ひとつ残さず整えられたカウンター内を
見るだけでも、バリスタのレベルの高さを知ることができます。


メニケッティ氏は、完璧なカプチーノの作り方の工程をすべて丁寧に説明してくれました。
自信があるバリスタほど、その技術はオープンにするものです。
約30秒の一見シンプルな工程も、途方もない経験の上でしか微調整ができないものですから。

イタリアでは多くのバールを訪れましたが、ここで初めて目にしたのが、ミルクの保冷タンク。
常に適温に冷やされ、蛇口からミルクピッチャーにその都度適量注ぐことができるもの。
通常はミルクパックを冷蔵庫から出し入れするのが普通なので、これは便利です!


続いてペッキオーリ氏が案内してくれたのは、別棟の調理室。
すでにランチの仕込みは最終段階で、翌日のペストリーの仕込みも始まっていました。

若きシェフのダヴィデ・ナルドーニ氏(Davide Naldoni)が次々とランチの料理を仕上げ、
他のコックたちは翌日のペストリーの仕込みをしています。
前日に準備して冷凍庫に保管された菓子類は、夜には35℃に設定された発酵庫に移され、
翌日早朝4時からオーブンで焼かれるという流れ。

自然発酵への愛情は、生地をこねる指先にまで感じることができました。


この別棟にある倉庫や従業員のロッカールームも特別に通してくれました。
50名以上の従業員が出入りする裏方とは思えないほど、まるでホテルのように清潔そのもので、
仕事に入る前の基本的なプロ意識を目の当たりにした思いです。
このようなバールはこれまで見たことがありません!


再びバールに戻り、ランチをいただきます。
惣菜専門店・ガストロノミアとして単独でも営業できるほどの料理がショーケースに並びます。
いや、品質はほぼリストランテそのもの!
パスタは注文ごとに茹でてソースと和え、いずれもそのスピードは迅速。
付近のビジネスマンやOLなど多くのお客さんでランチタイムは盛況です。

卓上のオリーブオイルも地元の一級品で、太陽を存分に浴びたオリーブ林の極上の香りは、
ひとときのヴァカンスにいざなうほどのリラクゼーションをもたらしてくれます。


私もランチのテーブルにつきます。
ワインにも精通するバリスタのメニケッティ氏がすぐに選りすぐりの食前酒を持ってきてくれました。
イタリア各地の厳選されたワインを選べるのも魅力です。

食事中は常に声をかけてくれ、最後の一口が胃に達するタイミングですばやくお皿を下げる、
徹底したサービス。
ホールだけではなく、カウンターからも各テーブルの動向を瞬時にコントロールするチームワークには脱帽するしかありませんでした。


天然酵母のペストリーに力を入れる同店では、ドルチェ(デザート)の種類も多彩です。
ランチの間も、テイクアウトのタルトが次々に包装されていきます。
私のテーブルに運ばれたドルチェも、味は言うまでもなく、メニケッティ氏セレクトによるデザートワインのサービスに心を打たれました。
イタリア各地の洗練されたデザートワインは、ドルチェの優雅な時間と味わいを増幅させます。


オーナーのペッキオーリ氏は、穏やかな口調で親身に話をしてくださる間も、その鋭い眼光は
絶えずお店の動向をチェックしています。
地元のコミュニティとしての空間に常連客が次々と顔を出し、挨拶をするペッキオーリ氏は一人ひとりを家族のように迎えます。

地元の産業と連携して食や生活スタイルを発信するバールの姿は、店内のあちこちに散りばめられています。
無添加の自然食材である地元農家のパスタ、オリーブオイル、トマトピューレ、ハチミツ、ジャムなどが並び、地元の一流職人が手がける家具やナイフなどもオブジェとして彩ります。
驚くことは、これらはすべてその場で購入できるということ!

世界中から集められたお酒も、希少な良質銘柄を揃えています。
ワイン、ビール、グラッパ、ウィスキー、カルヴァドス、コニャック、アルマニャック、ラム酒…。
世界各地のお茶も揃え、どんな時間に訪れても、至極の時間が約束されているようなもの。

新聞各紙や料理本なども販売しています。
新進アーティストによる月替わりの展示は、オブジェにアクセントを加え、地元の生活・食・アートを推進していく情報の集積・発信地としての役割は充分。


イタリアのバールは単なる喫茶店ではなく、様々な形態の複合的要素をもつものですが、
ここではいずれもクオリティの高さを誇り、ひとつの理想郷を体現しています。

コーヒーカップの中、お皿の中、だけではなく、それらの外にこそバールの重要な存在意義はあり、人の心を満たすものが何であるかを感じさせてくれる空間こそが、バールなのです。



格付けガイドブックには賛否両論あるでしょう。
『バール・ディタリア』にも大手焙煎メーカーのイリー社をはじめとするスポンサーが付いていることから、その影響力を否定する人がいないのも事実です。

しかし、プロの視点から評価される店舗には、少なからず他店にはない特徴的な「売り」があるわけで、格付けの評価の度合いは別として、そこに掲載されること自体に価値があるというもの。

評価点は、バールを訪れるあなた自身が感じてみてください。
1ユーロのエスプレッソを覗き込めば、1ユーロ分のカフェインしかありませんが、顔を上げてバリスタの声を聞けば、それ以上の価値となる活力を得ることができるでしょう。



バール「トゥットベーネ」
"Tuttobene" / Via San Quirico 296 - Campi Bisenzio (FI)
http://tuttobene-bar.it/

ガンベロ・ロッソ公式サイト
http://www.gamberorosso.it/(イタリア語・英語)


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2014/01/02

デカフェ - カフェインレスのすすめ

日本ではカフェインレス・コーヒーはずいぶん昔からある商品ですが、ここ数年耳にするように
なった呼び名が「デカフェ」。
大手コーヒーチェーン店などでも取り扱うようになり、街中でも気軽にデカフェを楽しめるように
なってきました。

欧米ではとても一般的なデカフェは、ここイタリアでも非常にポピュラーな存在で、デカフェを
扱っていないバールはまずありません。

イタリア語では「カフェ・デカフェイナート」(Caffè Decaffeinato)といい、略して「デカ」(Deca)。
家庭用デカフェの代表的商品名から「アグ」(Hag)と呼ばれることも少なくありません。


エスプレッソをベースにすべてのコーヒードリンクをつくるイタリアのバールでは、
通常のエスプレッソの代わりにデカフェをつかうことで、どんなコーヒーもカフェイン抜きで
楽しむことができるのです。

注文はいたってカンタン。
頼みたいコーヒーの後に「デカ」または「デカフェイナート」を添えるだけ。

カプチーノ・デカフェイナート
カフェ・マッキアート・デカフェイナート
カフェ・アメリカーノ・デカフェイナート
カフェ・マロッキーノ・デカフェイナート
カフェ・コレット・デカフェイナート…などなど。


バリスタとしてカウンターで注文を受ける印象としては、10-15杯に1杯はデカフェのオーダーが
入るのではないでしょうか。それほどイタリアでは一般的な存在です。

朝方よりも夜にかけてオーダーの数は増える傾向にあります。
もともとカフェイン自体が苦手でデカフェしか飲まないお客さんもいますが、睡眠の妨げにならないよう夜だけカフェインを避ける人が多いためです。

ある一定の一日の杯数以上はデカフェを頼むと決めているお客さんもいます。
また、胃腸の調子が悪いときや、妊娠中など、カフェインの刺激を避けることが望ましいお客さんには、こちらからお勧めをすることもあります。


36年のキャリアをもつベテラン・バリスタ、イシドーロ・ヴォドラ氏に、イタリアでのデカフェに
ついて話を聞きました。

ヴォドラ氏によると、粗悪なものしか流通していなかったデカフェに、良質なものが登場したのが1950年代後半。それから一気に広まったといいます。

現在イタリアで流通しているデカフェでは、カフェインを除去する製造工程は大きく分けて2つ。
「ケミカル・メソッド」と、「ウォーター・メソッド」です。

ケミカル・メソッドは、塩化メチレンなどの有機溶媒を利用してカフェインを直接除去するもの。
一方、ウォーター・メソッドは、一度水または蒸気で生豆の水溶性成分をすべて抽出した後に、
有機溶媒でカフェインのみを除去し、残りの成分を含む水を再び生豆に循環して戻す方法。

ケミカル・メソッドよりもウォーター・メソッドの方が手間はかかりますが、安全性や風味が優れているのが特徴です。

製造方法の明示は義務化されていないため、店頭でその違いを見極めることは難しいのですが、デカフェしか飲まないお客さんにとっては、エスプレッソ以上に味の違いが出るデカフェの風味は、お店を選ぶ重要な要素になっています。

味の違いは、むしろバリスタの腕によるところも大きいのです。
デカフェ用にグラインダー(豆を挽くマシン/ミル)を用意しているお店は少なく、多くのお店ではすでに挽かれた粉を一杯ごとにパッケージングされたものを使います。
通常エスプレッソでは7-8gの豆を使うのですが、デカフェでは約5gと少なく、ここで重要になるのは、より厳密で正確なタンピング。

イタリアのお客さんは、味の良し悪しをカウンターで直接バリスタに伝えることは日常的ですが、
デカフェを美味しく抽出したときは、興奮気味に感動を伝えてくれるほど!
バリスタにとっては、腕の試される、とてもやりがいのあるオーダーだといえるでしょう。


ただし、通常のエスプレッソ・コーヒーよりも味や風味において明らかに劣ることから、
カフェインを避ける場合以外は通常こちらからお勧めすることはありません。
また、ノンアルコール・ビールと同様、デカフェにもごく微量のカフェインは残っていることも
覚えておいてくださいね。

イタリア旅行の際、慣れない海外では体調にはくれぐれも注意したいもの。
胃腸にあまり刺激を与えたくないときは、無理せずデカフェを頼みましょう!
それぞれ個性的で魅力的なバールを数多く楽しむためにも、ぜひデカフェを活用してみてくださいね!


■ イシドーロ・ヴォドラ氏
イタリア南部・ポテンツァ出身。フィレンツェ移住後の1978年、20歳のときにバリスタ初勤務。
以来、36年間のキャリアを積む現役ベテラン・バリスタ。
特に1981年からの17年間は、イタリアの代表的カクテル・ネグローニを生んだ名店「ジャコーザ」で
バリスタを務め、フィレンツェのバール業界の変遷を見続けてきた第一人者でもある。


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