そうした設備を整えた農場そのものも指す言葉です。「アグリツーリズモ」とも表記しますね。
イタリアの豊かな田舎生活を体験でき、疲弊した都会生活から農村への回帰志向で急速に
高まる人気とともに、多くの農家がより魅力的なアグリトゥーリズモに改装しています。
「農業体験型観光」と訳されることもありますが、これは誤解を生む言葉。
滞在に農作業が組み込まれることはなく、希望すれば簡単な作業を手伝うことができる程度。
むしろ滞在者は、自然や動物とふれあい、田舎のゆったりした時間を過ごすためにやってきます。
オリーブの木陰で読書をしたり、ブドウ畑の広がる丘を散歩したり、プールでくつろぎ、
乗馬やトレッキング、川遊びに出かけたり…。他の滞在者たちとも時間を過ごせ、
農家の家庭の一員に迎えられたかのような温かい雰囲気が、大きな魅力です。
農場滞在といっても、部屋はホテルとほとんど変わらず快適。
オリーブオイル、ワイン、野菜、果物、牛乳、卵、ハチミツ、ジャムなどの自家製食材を使った
料理はとても美味しく、マンマ(お母さん)手作りの伝統的な家庭料理を味わうことができます。
なかにはリストランテを併設しているところもあり、食事だけ利用することもできます。
伝統的な田舎の家屋の趣ある雰囲気の中、これ以上ない新鮮な地元の自然食品を使った
本格料理を味わうことができ、軒並み高評価を与えているグルメ誌を読むまでもなく、
そこでは特別な時間を過ごせることが約束されているようなもの。
かつて私も、トスカーナ州の田舎で2年間過ごしたことがありました。
素朴ながらたくましい、人間味あふれる生活が日々楽しく、田舎生活にこそイタリアの美しさが
あると知り、毎日新鮮な発見があることが驚きでした。
夜の農園、焚き火で肉を焼きながら仲間とワインを飲んだことは、忘れがたい思い出です。
オリーブ林で横になり、満天の星空を見上げていたひとときは、かけがえのない時間でした。
* * * * * * *
先日、その懐かしい田舎町を訪れた際、友人たちから夕食会に招待されました。
連れていかれたのは、数年前にオープンしたという近所のアグリトゥーリズモ。
ここでもアグリトゥーリズモは確実に増えていたのです!
評判だというここのリストランテは、この夜すでに満席でしたが、私たち9人は予約していた
大テーブルに通されました。
まず運ばれてきた「前菜盛り合わせ」に、思わず目を見張りました。
これほど多彩でボリュームある一皿には、なかなか出会えるものではありません。
レバーペースト、キノコペースト、コロンナータ産ラードの各種クロスティーニに、
チンタ・セネーゼ(シエナ産黒豚)の4種の生ハムとサラミ。
一級素材を使用したこれら伝統的なトスカーナ風前菜だけでも充分堪能できるのに、
さらに本来なら第一の皿やメインのつけ合わせで供されるような料理も添えられました。
つまり、クレスペッラ、フリッタータといった卵料理、スペルト小麦のスープ、ポレンタの
ミートソース添え。
地元のブドウ品種でつくった自家製赤ワインと相互に味を引き立たせ、この満足度が、
まだこれから続く今夜の料理への期待感を、いやがうえにも高めます。
Antipasto Misto |
第一の皿:「鳩肉とポルチーニ茸のパッケリ」
パッケリとは、イタリア南部で非常にポピュラーなパスタ。リガトーニよりも太い、筒状の
ショートパスタです。
ここでは、トスカーナ流に鳩肉とポルチーニ茸を使ったソースで合わせています。
鳩肉の味わい深さと、ポルチーニの香り高さが、赤ワインにとてもよく合いました。
Paccheri con Piccione e Funghi Porcini |
第二の皿:「トスカーナ産牛肉・グリル焼きのスライス」
焼き加減はレア。味付けは塩・コショウのみとシンプルで、素材の牛肉の旨味を最大限に
味わうのがイタリア流。これをフレッシュな自家製オリーブオイルと松の実で和え、
目の前で直接パルミジャーノ・チーズを削ってくれました。
つけ合わせはズッキーニとナスのグリル、ポテトのオーブン焼き、ルッコラのサラダ。
Tagliata di Manzo |
一皿ごとに私に料理の説明をしてくれ、味を堪能しているか声をかけ続けてくれたベテランの
カメリエーレ、女性らしい細やかな気配りと笑顔でサービスしてくれたカメリエーラたち、
各テーブルの様子もしっかり確認していたプロフェッショナルな女性シェフ…。
料理・サービスともにスペシャルな理由は、限りなく純度の高い「もてなし」への情熱に
他なりません。つくる側、食べる側、お互いが敬意と親しみをもって接することで、
心と心をつなぐ普遍的な喜びが、お皿と空間を特別なものにするのです。
前菜からいずれもボリューム満点。
友人たちはさらにドルチェ、エスプレッソと続いていましたが、私は消化を助ける食後酒に
移ることに…。そこでリストランテから、いずれも自家製のリモンチェッロとグラッパ、
それぞれのボトルが振る舞われました。
お店の人も交えてお喋りは続き、笑い声に包まれ更けていく田舎の夜は、あの頃と変わらず、
夜空いっぱいの星がオリーブ林を照らしていたのでした。
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