2012/12/16

高麗人参のエスプレッソ

近年、イタリアでは東洋由来の健康ブームが長らく続いています。

世界的ブームのヨガの人気は、ここイタリアでも例外ではなく、同じインドのアーユルヴェーダ、
タイ式マッサージ、日本のSHIATSU(指圧)などもよく知られています。
日本料理は健康食の代名詞として広く認知されているし、食事療法のマクロビオティックも
全国的に熱心なファンのネットワークがあるくらい。
仏教や禅の哲学、生活習慣から正していく東洋医学などを通じて、心のゆとりを求める
イタリア人が、どれほど多いことか…。

そんな流行の中、バールに登場したのが、「カフェ・アル・ジンセン」(Caffè al Ginseng)です。
つまり「高麗人参風味のエスプレッソ」のこと。


高麗人参(朝鮮人参)は今さら説明する必要もありませんね。
主に朝鮮半島に自生する薬草で、特に根の部分に含まれる有効成分が滋養強壮などに効能が
あるとされ、漢方などの東洋医学の生薬として、アジア全域で古くから珍重されてきました。

その高麗人参のエキスを配合したエナジー・ドリンクとしてのエスプレッソが、イタリアのバールに
登場したのは、2000年代に入ってからのこと。これが、カフェ・アル・ジンセンです。

私自身、2006年に勤務したバールで、初めてカフェ・アル・ジンセンを取り扱いました。
流行の最先端・ミラノのバールでしたが、まだ普及し始めた頃のことで、珍しがるお客さんに
よく勧めていたことを記憶しています。
それが現在では、もはや定着した感さえあるほど、幅広い人気を得ています。


カフェ・アル・ジンセンは、エスプレッソマシンではなく、専用の抽出マシンで淹れられます。
このマシンにセットされているのは、原料となるパウダーと水だけ。
あとはボタンを押せば簡単に抽出される、いわゆるインスタント・ドリンクの趣き。

  ※この専用マシンは、元々は大麦のコーヒー「カフェ・ドォルツォ」(Caffè d'Orzo)の抽出用
   に開発されたもので、追加機能としてのカフェ・アル・ジンセンの普及を促した経緯が
   あります。大麦コーヒーもあわせて試してみてはいかがでしょうか?

このパウダーには、コーヒー成分の他、高麗人参のエキス、脱脂粉乳、甘味料、安定剤、
乳化剤、着色料、香料などが配合され、いわゆる工業食品の王道といったところ。
日本では当たり前でも、イタリア人は非自然食品を極端に嫌う傾向があり、そんな彼らに人気が
あることがとても不思議ですが、もちろんそれを理由に避けるお客さんも少なくありません。

すでにかなり甘味があるので、まずは砂糖を入れずに飲んでみてください。
甘過ぎる嫌いもありますが、その中に薬草系の苦みと香りがほんのり感じられ、日本人には
どこか懐かしさすら感じさせる味かもしれません。

現在ではスーパーでも、家庭用の商品が販売されています。
日本へのお土産としても、面白いかもしれませんね。
ガイドブックには載っていない最新のイタリアン・ドリンクを、ぜひ試してみてくださいね!



【関連バックナンバー】
イタリアの薬用酒・アマーロ


2012/12/13

ハリーズ・バーのベッリーニ

リキュール大国であり、数多くのカクテルを生んできたイタリア。
その中でも最も有名なカクテルのひとつに挙げられるのが、「ベッリーニ」(Bellini)でしょう。

国際バーテンダー協会(IBA)の77種類の公式カクテルのひとつで、世界のスタンダード・カクテル。
ちなみに、日本では英語発音由来の「ベリーニ」と呼ばれていますが、イタリアでは聞き返される
こともあるので注意が必要です。


ベッリーニが生まれたのは、ヴェネツィアに本店を構える世界的名店、「ハリーズ・バー」。
1931年の創業以来、文豪・ヘミングウェイや、映画俳優・オーソン・ウェルズら各界の著名人にも
愛され、2001年にはイタリア文化省によって文化遺産に指定された名店中の名店です。

1948年、創業者でありチーフ・バリスタのジュゼッペ・チプリアーニ氏(Giuseppe Cipriani)によって、
白桃のピューレと、ヴェネツィア近郊で生産されるプロセッコというスパークリング・ワインを
合わせた、ベッリーニが考案されました。

15世紀ルネッサンス時代の画家でヴェネツィア派の巨匠、ジョヴァンニ・ベッリーニ(Giovanni Bellini)
が描いた聖人の衣服の色になぞらえて命名された、という説が伝わっています。

Pietà - Giovanni Bellini

同じカクテルでも、イチゴのピューレを使用すると「ロッシーニ」(Rossini)という名前になり、
ミカンのフレッシュ・ジュースを使うと「プッチーニ」(Puccini)となります。
いずれもイタリアを代表するオペラ作曲家ですね。
また、グレープでは「ティツィアーノ」(Tiziano)、ザクロなら「ティントレット」(Tintoretto)となり、
ベッリーニと同様、ヴェネツィア派の巨匠の名前になるのが面白いところ。
さらに、分量を変えてオレンジのスプレムータを使うと、「ミモザ」(Mimosa)となります。

材料を入れ替えることで名前が変わるのはカクテルの常ですが、これほどイタリアづくしの
バリエーションになるのも珍しいと思います。

Bellini e Harry's Bar Firenze

オリジナル・レシピのベッリーニを味わうため、ハリーズ・バーのフィレンツェ店に行ってきました。
1953年オープンのフィレンツェ店は、中心地にありながら、街を二分するアルノ川沿いに佇む、
優雅な店構え。

一緒に訪れたのは、フィレンツェの著名なバリスタ、アルマンド・モラーダ氏(Armando Morada)。
彼はかつて同店で勤務していたことがあり、その時の同僚・ヴァロン氏(Valon)と、私の知人・
クリストファー氏(Christopher)を訪ねることも、目的のひとつでした。

アルノ川に面したテラス席に着き、ランチの前にまずは食前酒。もちろん、ベッリーニです。
川沿いに広がる大空の下での味は、さらに格別!
でも、そのとびきりの美味しさは、あくまで食前酒の味わいというのが、贅沢なところ。
これから運ばれる料理への期待が、いやが上にも高まります!


ハリーズ・バーといえば、ベッリーニと並んで有名なものに、カルパッチョ(Carpaccio)があります。
1963年、ルネッサンス時代の画家、ヴィットーレ・カルパッチョ(Vittore Carpaccio)の生誕500周年
回顧展の機会に、ハリーズ・バーのオーナー、カプリアーニ氏が売り出した料理です。

ヴィットーレ・カルパッチョは、ジョヴァンニ・ベッリーニの兄、ジェンティーレ・ベッリーニに
師事した、ヴェネツィア派を代表する画家。
彼の絵画独特の赤と白の色調にインスピレーションを得た一皿ですが、薄切りの生の牛肉を
使った同様の料理、「アルバ風牛生肉」(Carne cruda all'Albese)と呼ばれる、ピエモンテ州の
一皿をヒントにしたと言われています。

様々な説がありますが、今や世界的に有名な「カルパッチョ」という名前が、この時、このお店で
生まれたのは間違いなく、名称の由来として、イタリア料理史の重要なエピソードといえるでしょう。


この日は、ヴァロン氏の勧めで、同じく生の牛肉を使ったハリーズ・バー名物の「タルタル」(Tartare alla Harry's)をいただくことにしました。

私たちのテーブルで彼が好みの味付けを丁寧に尋ねてくれ、手早く仕上げてくれます。
オリーブオイル、塩、黒コショウ、レモンジュース、生卵、コニャック、ウスターシャーソース、タバスコ、イタリアンパセリなど、多くの調味料で、見事に私好みのタルタルが完成しました

食前酒・ベッリーニのデリケートな味わいからの食事を考えていたため、その後のタルタルと白ワインという流れは、コースで楽しむイタリア料理として、完璧に堪能できるチョイスとなりました。


食後には、再びヴァロン氏の勧めで、クレープを頼むことにしました。
これも彼がテーブルで直接最後の仕上げをしてくれます。
クリームを挟んだクレープにコニャックを注ぎ、火をつけ、一気に香りをつけていきます。


最後に、若きシェフ、エドアルド・モンターニ氏(Edoardo Montagni)を紹介され、皆で同業者
ならではの情報交換の場となり、とても興味深いランチとなりました。

洗練された落ち着いた店内で一番存在感を示していたのが、やはりバーカウンター。
しかし驚いたのは、それが意外なほどシンプルだったこと。
それでも、カクテルをつくるボトルや器材は厳選されたものがしっかり揃っていて、
この重厚な木目調の空間だけ、まるで工房のような美しさとこだわりが際立っていました。

このカウンターで、一杯のお酒だけを楽しむのも、至福のひと時だと思います。
職人としてのバリスタとの対話の中で、世界的カクテル「ベッリーニ」を生んだ技術と情熱の、
揺るぎない伝統の美に触れることができるでしょう。



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