2012/12/16

高麗人参のエスプレッソ

近年、イタリアでは東洋由来の健康ブームが長らく続いています。

世界的ブームのヨガの人気は、ここイタリアでも例外ではなく、同じインドのアーユルヴェーダ、
タイ式マッサージ、日本のSHIATSU(指圧)などもよく知られています。
日本料理は健康食の代名詞として広く認知されているし、食事療法のマクロビオティックも
全国的に熱心なファンのネットワークがあるくらい。
仏教や禅の哲学、生活習慣から正していく東洋医学などを通じて、心のゆとりを求める
イタリア人が、どれほど多いことか…。

そんな流行の中、バールに登場したのが、「カフェ・アル・ジンセン」(Caffè al Ginseng)です。
つまり「高麗人参風味のエスプレッソ」のこと。


高麗人参(朝鮮人参)は今さら説明する必要もありませんね。
主に朝鮮半島に自生する薬草で、特に根の部分に含まれる有効成分が滋養強壮などに効能が
あるとされ、漢方などの東洋医学の生薬として、アジア全域で古くから珍重されてきました。

その高麗人参のエキスを配合したエナジー・ドリンクとしてのエスプレッソが、イタリアのバールに
登場したのは、2000年代に入ってからのこと。これが、カフェ・アル・ジンセンです。

私自身、2006年に勤務したバールで、初めてカフェ・アル・ジンセンを取り扱いました。
流行の最先端・ミラノのバールでしたが、まだ普及し始めた頃のことで、珍しがるお客さんに
よく勧めていたことを記憶しています。
それが現在では、もはや定着した感さえあるほど、幅広い人気を得ています。


カフェ・アル・ジンセンは、エスプレッソマシンではなく、専用の抽出マシンで淹れられます。
このマシンにセットされているのは、原料となるパウダーと水だけ。
あとはボタンを押せば簡単に抽出される、いわゆるインスタント・ドリンクの趣き。

  ※この専用マシンは、元々は大麦のコーヒー「カフェ・ドォルツォ」(Caffè d'Orzo)の抽出用
   に開発されたもので、追加機能としてのカフェ・アル・ジンセンの普及を促した経緯が
   あります。大麦コーヒーもあわせて試してみてはいかがでしょうか?

このパウダーには、コーヒー成分の他、高麗人参のエキス、脱脂粉乳、甘味料、安定剤、
乳化剤、着色料、香料などが配合され、いわゆる工業食品の王道といったところ。
日本では当たり前でも、イタリア人は非自然食品を極端に嫌う傾向があり、そんな彼らに人気が
あることがとても不思議ですが、もちろんそれを理由に避けるお客さんも少なくありません。

すでにかなり甘味があるので、まずは砂糖を入れずに飲んでみてください。
甘過ぎる嫌いもありますが、その中に薬草系の苦みと香りがほんのり感じられ、日本人には
どこか懐かしさすら感じさせる味かもしれません。

現在ではスーパーでも、家庭用の商品が販売されています。
日本へのお土産としても、面白いかもしれませんね。
ガイドブックには載っていない最新のイタリアン・ドリンクを、ぜひ試してみてくださいね!



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2012/12/13

ハリーズ・バーのベッリーニ

リキュール大国であり、数多くのカクテルを生んできたイタリア。
その中でも最も有名なカクテルのひとつに挙げられるのが、「ベッリーニ」(Bellini)でしょう。

国際バーテンダー協会(IBA)の77種類の公式カクテルのひとつで、世界のスタンダード・カクテル。
ちなみに、日本では英語発音由来の「ベリーニ」と呼ばれていますが、イタリアでは聞き返される
こともあるので注意が必要です。


ベッリーニが生まれたのは、ヴェネツィアに本店を構える世界的名店、「ハリーズ・バー」。
1931年の創業以来、文豪・ヘミングウェイや、映画俳優・オーソン・ウェルズら各界の著名人にも
愛され、2001年にはイタリア文化省によって文化遺産に指定された名店中の名店です。

1948年、創業者でありチーフ・バリスタのジュゼッペ・チプリアーニ氏(Giuseppe Cipriani)によって、
白桃のピューレと、ヴェネツィア近郊で生産されるプロセッコというスパークリング・ワインを
合わせた、ベッリーニが考案されました。

15世紀ルネッサンス時代の画家でヴェネツィア派の巨匠、ジョヴァンニ・ベッリーニ(Giovanni Bellini)
が描いた聖人の衣服の色になぞらえて命名された、という説が伝わっています。

Pietà - Giovanni Bellini

同じカクテルでも、イチゴのピューレを使用すると「ロッシーニ」(Rossini)という名前になり、
ミカンのフレッシュ・ジュースを使うと「プッチーニ」(Puccini)となります。
いずれもイタリアを代表するオペラ作曲家ですね。
また、グレープでは「ティツィアーノ」(Tiziano)、ザクロなら「ティントレット」(Tintoretto)となり、
ベッリーニと同様、ヴェネツィア派の巨匠の名前になるのが面白いところ。
さらに、分量を変えてオレンジのスプレムータを使うと、「ミモザ」(Mimosa)となります。

材料を入れ替えることで名前が変わるのはカクテルの常ですが、これほどイタリアづくしの
バリエーションになるのも珍しいと思います。

Bellini e Harry's Bar Firenze

オリジナル・レシピのベッリーニを味わうため、ハリーズ・バーのフィレンツェ店に行ってきました。
1953年オープンのフィレンツェ店は、中心地にありながら、街を二分するアルノ川沿いに佇む、
優雅な店構え。

一緒に訪れたのは、フィレンツェの著名なバリスタ、アルマンド・モラーダ氏(Armando Morada)。
彼はかつて同店で勤務していたことがあり、その時の同僚・ヴァロン氏(Valon)と、私の知人・
クリストファー氏(Christopher)を訪ねることも、目的のひとつでした。

アルノ川に面したテラス席に着き、ランチの前にまずは食前酒。もちろん、ベッリーニです。
川沿いに広がる大空の下での味は、さらに格別!
でも、そのとびきりの美味しさは、あくまで食前酒の味わいというのが、贅沢なところ。
これから運ばれる料理への期待が、いやが上にも高まります!


ハリーズ・バーといえば、ベッリーニと並んで有名なものに、カルパッチョ(Carpaccio)があります。
1963年、ルネッサンス時代の画家、ヴィットーレ・カルパッチョ(Vittore Carpaccio)の生誕500周年
回顧展の機会に、ハリーズ・バーのオーナー、カプリアーニ氏が売り出した料理です。

ヴィットーレ・カルパッチョは、ジョヴァンニ・ベッリーニの兄、ジェンティーレ・ベッリーニに
師事した、ヴェネツィア派を代表する画家。
彼の絵画独特の赤と白の色調にインスピレーションを得た一皿ですが、薄切りの生の牛肉を
使った同様の料理、「アルバ風牛生肉」(Carne cruda all'Albese)と呼ばれる、ピエモンテ州の
一皿をヒントにしたと言われています。

様々な説がありますが、今や世界的に有名な「カルパッチョ」という名前が、この時、このお店で
生まれたのは間違いなく、名称の由来として、イタリア料理史の重要なエピソードといえるでしょう。


この日は、ヴァロン氏の勧めで、同じく生の牛肉を使ったハリーズ・バー名物の「タルタル」(Tartare alla Harry's)をいただくことにしました。

私たちのテーブルで彼が好みの味付けを丁寧に尋ねてくれ、手早く仕上げてくれます。
オリーブオイル、塩、黒コショウ、レモンジュース、生卵、コニャック、ウスターシャーソース、タバスコ、イタリアンパセリなど、多くの調味料で、見事に私好みのタルタルが完成しました

食前酒・ベッリーニのデリケートな味わいからの食事を考えていたため、その後のタルタルと白ワインという流れは、コースで楽しむイタリア料理として、完璧に堪能できるチョイスとなりました。


食後には、再びヴァロン氏の勧めで、クレープを頼むことにしました。
これも彼がテーブルで直接最後の仕上げをしてくれます。
クリームを挟んだクレープにコニャックを注ぎ、火をつけ、一気に香りをつけていきます。


最後に、若きシェフ、エドアルド・モンターニ氏(Edoardo Montagni)を紹介され、皆で同業者
ならではの情報交換の場となり、とても興味深いランチとなりました。

洗練された落ち着いた店内で一番存在感を示していたのが、やはりバーカウンター。
しかし驚いたのは、それが意外なほどシンプルだったこと。
それでも、カクテルをつくるボトルや器材は厳選されたものがしっかり揃っていて、
この重厚な木目調の空間だけ、まるで工房のような美しさとこだわりが際立っていました。

このカウンターで、一杯のお酒だけを楽しむのも、至福のひと時だと思います。
職人としてのバリスタとの対話の中で、世界的カクテル「ベッリーニ」を生んだ技術と情熱の、
揺るぎない伝統の美に触れることができるでしょう。



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2012/11/30

リキュールの日本代表・ミドリ

バールのカウンターの後ろには、たくさんのお酒のボトルが並んでいます。
色彩豊かなリキュール類、スピリッツ、ウィスキー、ブランデー、ワイン…。
いずれも欧米を中心に生産される、いわゆる「洋酒」。

ところが、多くのバールでは、実はこの中に1本だけ日本のボトルを置いているのです。
鮮やかな緑色と特徴的なボトルデザインが目を引く、「ミドリ」(Midori)です。


ミドリは、サントリーから発売されているメロン・リキュール。
1978年にアメリカで発売され、1984年にようやく日本でも販売開始。イタリアでの販売は1991年
からですが、特にカクテルに力を入れているバールには必ず置いてある1本で、ミドリの名は
プロのバリスタなら誰でも知っている銘柄なのです。

とはいっても、一般的なお客さんにはまだそれほど知られていない存在です。
そのまま飲むことはなく、ミドリを使ったスタンダード・カクテルもまだわずか。
バリスタのオリジナル・カクテルによく使われる、「隠れた人気者」といったところでしょうか。

最も有名なカクテルは、「ジャパニーズ・スリッパー」(Japanese Slipper)でしょう。
1/3ずつ合わせたミドリ、コアントロー、レモンジュースをシェイクして、カクテルグラスに注いだ
ものです。ミドリの強い甘味の中にも、爽やかな酸味が効いた一杯。
1984年にオーストラリア・メルボルンのバーで考案されたといいます。

ちなみに、同じ分量で、ミドリに代えてウォッカ、レモンに代えてライムを使うと、「カミカゼ」
(Kamikaze)というカクテルになります。
どちらも国際バーテンダー協会の77種類の公式カクテルに指定されていて、私たち日本人には
親しみを感じるネーミングですね!

Japanese Slipper

世界的ブランドが並ぶボトルの中で堂々と存在感を示すミドリを見ていると、日本人として
誇りすら感じてきます。まさにリキュール界の日本代表!

世界五大ウィスキーのひとつとして、実は日本のウィスキーを置いているイタリアのバールも
少なくありません。しかし、日本酒や焼酎、梅酒など、日本が誇るお酒はまだまだあります。

例えば、ブラジルでは日本酒を使ったカイピリーニャのバリエーション・「サケリーニャ」が大人気。
こうしたカクテルがスタンダード・ドリンクとして世界に広まれば、イタリアのバールにももっと
日本のお酒が並ぶ日が来るはずです。

孤軍奮闘するミドリのボトルを眺めるたび、日本人バリスタとしての一つの使命を感じます。


2012/11/29

アメリゴ・ヴェスプッチ没後500年

皆さんは、アメリゴ・ヴェスプッチ(Amerigo Vespucci)という、歴史上の人物をご存知でしょうか?

ポルトガル・スペイン両国を中心とした「大航海時代」を迎えていた、1454年。
イタリア半島中部・フィレンツェで、公証人の父と貴族出身の母との間に、彼は生まれました。
35歳のとき、メディチ家の銀行の仕事で、スペイン・セヴィリアに出向。
この町でコロンブスとも出会った彼の人生は、ここから大きく変わりました。

Amerigo Vespucci

西廻りインド航路を目指したコロンブスが、1492年に、現在の中米カリブ海・西インド諸島に到達。
「新大陸の発見者」としてあまりにも有名な彼ですが、当時はインドに到達したと考えられ、
そのために原住民を「インディアン」と呼んだ経緯は知られています。
ちなみに、スペイン船を率いて歴史的到達を成し遂げた彼は、イタリア半島・ジェノヴァの人でした。

ヴェスプッチも、スペイン、次いでポルトガルの船団で、中南米に4度の航海をしています。
そして1501年、当時インド・アジア大陸だと考えられていたこの大陸を、ヴェスプッチが「新大陸」
だと明らかにし、ヨーロッパ人の認識を大きく覆しました。
これを機に「アメリカ大陸」と呼ばれるようになったのは、実は彼の名前が由来になったわけです。

地中海及び陸路での東方交易で莫大な富を築いていたイタリア半島諸国ですが、外洋進出による
他国の興隆を尻目に、その後大きく衰退していき、ヨーロッパの盟主としての地位を失いました。
しかし、この世界史上の大転換期に、イタリアの航海士たちもまた、一役買っていたのです。

ヴェスプッチの航海

「当時のイタリア半島列強が、有能な自国航海士を率いて外洋航路開拓に努めていれば…」
「今頃、中南米はイタリア語圏になっていたかもしれない…」
そんな仮説をイタリア人に問うと、彼らは一様に、思いもかけない顔をします。
当時も、そんなことはまったく考えていなかったのでしょうか…。

ともすれば、きらびやかに語られる「大航海時代」。
しかしその陰に、原住民が受けた略奪や虐殺の歴史があったことを、決して忘れてはいけません。
その大きな犠牲の元に築かれた繁栄を、イタリア半島諸国が手にしなかったことは、現在の
イタリア人がもつ素朴なメンタリティにつながる、彼らの歴史上の幸いだったとも思えてきます。


ポルトガル、スペインに続いて、イギリス、オランダ、フランスも「大航海時代」の主役に躍り出ます。
アメリカ大陸のみならず、アフリカ、アジア、オセアニア地域を次々に植民地にしていき、
現代まで続くヨーロッパ主導の世界秩序が、このとき形成されることになったのです。

日本にも1543年にポルトガル人が種子島に漂着し、戦国時代を大きく変えていきました。
明治維新後は、欧米列強によるアジア植民地化の時勢とともに近代化の道を歩んでいきました。

私たちの歴史とも深く関わっていく近代世界史。
イタリアの航海士たちがその扉を開く大きな足跡を残したことが、実は「アメリカ大陸」という
名称にも隠されていることを、ぜひ知ってもらえればと思います。


今年はアメリゴ・ヴェスプッチの没後500周年にあたり、彼の出身地・フィレンツェでは、
年末まで様々な関連イベントが開催されています。

ヴェスプッチ2012実行委員会・公式サイト(イタリア語・英語)
http://www.vespucci2012.com/?lang=it


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日伊友好史(1) - 戦国時代・カトリック宣教師
日伊友好史(2) - 明治時代・お雇い外国人


2012/06/26

カンパリ・オレンジ

カンパリ・オレンジは、日本で最もよく知られたカクテルのひとつ。
イタリアのリキュール・カンパリを、オレンジジュースで割った、ロングドリンクです。
ご家庭でもとてもカンタンにつくることができますし、ビタミンも補える健康的な一杯です。

世界的には、別名「ガリバルディ」という名前でもお馴染みです。
イタリア統一の父、ジュゼッペ・ガリバルディ(Giuseppe Garibaldi)の名を冠したのは、
「イタリアの代表的リキュールを使ったから」という理由だけではありません。

彼の代名詞ともいうべき部隊・赤シャツ隊の「赤」をカンパリの色になぞらえて、赤シャツ隊が
まず上陸したシチリア島がオレンジの一大名産地であることから、その名がつきました。
非常に意味深い、よくできたネーミングだと、つくづく感心させられます。

カンパリ・オレンジのグラスを傾けながら、こうしたイタリアの偉大な歴史に思いを馳せるのも、
また一興…。
いつもの一杯の中に、祖国統一にかけた先人たちの熱狂的な歓声まで、聴こえてくるようです。

Campari Orange "Garibaldi"

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リソルジメントとイタリア統一150周年
イタリアのリキュール・カンパリ
しぼりたてスプレムータ


2012/06/21

イタリアのレトロドリンク・キノット

イタリア独特の炭酸清涼飲料に、「キノット」(Chinotto)があります。
バールやリストランテ、スーパーでもとてもポピュラー。
イタリアを訪れた際には、ぜひ試してみるといいでしょう。

Chinotto

見た目はコーラそのものですが、柑橘系の爽やかな香りと、ほろ苦さが特徴。
それもそのはず、その名も「キノット」と呼ばれるミカンに似たフルーツが原料なのです。

キノットとは、ミカン科シトラス属の希少な一種で、オレンジ色の厚い皮をもつ小さな果実。
イタリア語で「中国」を意味する「チーナ」(Cina)を語源にする通り、16世紀頃に中国から
イタリアに渡ったとされています。
しかし現在では、中国のみならず他のアジア諸国でも栽培されているデータがないため、
そもそも地中海原産だとする研究者もいるようです。
実際、世界でも、生産地はイタリアとフランス南部コート・ダジュールに限られているとのこと。

イタリアでの主な生産地はリグーリア州、カラーブリア州、シチリア州。
中でもリグーリア州サヴォーナ産(Chinotto di Savona)は特に有名で、スローフード協会の、
小規模生産者と伝統製法を守り支援する「プレシディオ」(Presidio)にも指定されています。

しかし、強い酸味と苦味は食用には適さないようで、主にドリンクやシロップの原材料として
使われているとのこと。
青果市場でも訊ねてみましたが、果実はなかなか流通していません。

それに反してキノットのドリンクは、イタリア中どこでも目にします。
1930年代から親しまれているといい、おじいちゃんから子供まで、その幅広い人気にいつも
驚かされます。

ここでひとつ、キノットを美味しく飲むヒント。
グラスにオレンジスライスも入れてもらうよう、頼んでみましょう。
イタリア人の中でも、キノットを飲んで育った年配の方がよく注文される飲み方です。
小さなことでも、実はイタリア人の大きなこだわり。バリスタに頼めば、あなたのことを「通」だと
見なすはずですよ!


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2012/06/19

ヒヨコマメのピッツァ

イタリア中部・トスカーナ州には、世界にも名高い、様々な郷土料理があります。
その中でも、山間部のフィレンツェやシエナとは異なる、独自の名物料理を数多く生んでいるのが、
地中海に面した港湾都市・リヴォルノ。
魚介スープ・カッチュッコや、以前にも紹介したリヴォルノ風コーヒーなどは、特に有名です。

私の友人で、フィレンツェの著名なバリスタであるアルマンド・モラーダ氏は、このリヴォルノ出身。
世界的な5つ星ホテルをはじめ多くの有名店で腕をふるってきた彼は、フィレンツェ料理界に
幅広い人脈をもつ、私のトスカーナ郷土料理研究の重要な協力者です。
その彼が、またひとつ、「チェチーナ」(Cecina)というリヴォルノ料理を紹介してくれました。

日本では珍しいヒヨコマメの粉を練った、窯焼きの一品。
トスカーナ州では、「ヒヨコマメのタルト」という意味の「トルタ・ディ・チェチーナ」(Torta di Cecina)
という呼び名もあります。



Cecina

リヴォルノから海岸沿いに約50km北上すると、ヴィアレッジョの町があります。
真冬の派手なカーニヴァルは、イタリア三大カーニヴァルにも数えられ、夏のビーチリゾートと
しても有名なこの町は、アルマンド氏が週末を過ごす場所。
先日、彼とこの町を訪れた際、強い勧めで、あるお店に連れて行ってくれました。

ピッツェリア「リツィエーリ」(Rizieri)
1938年創業の老舗で、ヴィアレッジョ市民に愛されている、町一番の名店だということ。



Pizzeria "Rizieri"

お店に入ると、まず目に入るのが、とても大きな薪窯とピッツァが並ぶカウンター。
70年代から変わらない懐かしさの漂う内装は、長年地元の人々に愛されている証でしょう。

その奥に簡単な食堂も併設していますが、このカウンターに並ぶ切り売りピッツァが名物です。
好きな分だけ切り分けてくれ、量り売りをしてくれるピッツァは、店内のテーブルですぐに食べる
ことができます。
カリッと歯ごたえのある裏地と、ふっくら焼けたもっちりした生地の、コントラストが絶品!

Pizza al taglio

そしてここで、ピッツァに並んで名物のチェチーナを、初めて食べることになりました。

ヒヨコマメの優しい風味と薪のスモーキーな香りが絶妙で、非常にやわらかくデリケートな食感に、
とろけるような幸福感が口いっぱいに広がりました。

チェチーナの原材料はとてもシンプル。ヒヨコマメの粉とオリーブオイル、水、塩だけ。
それらを練った生地を数時間寝かせ、オーブン用の大きな平鍋にのせて薪窯で焼きます。
平鍋が熱せられて生地が焦げる前に、サッと焼き上げるのがポイント。
表面だけがうっすらと香ばしく焼ける程度で、ごく薄い生地はジューシーそのもの!

こちらも、好きな分だけ切り売りしてくれ、カウンターに置いてある黒コショウを好みでかける
ことで、さらに味にメリハリがつきます。

Cecina
チェチーナには、「チンクエ・エ・チンクエ」(Cinque e Cinque)というメニューがあるそうです。
「5&5」という意味ですが、値段50セントのチェチーナを、同50セントのフォカッチャで挟んだもので、
地元では有名な“裏メニュー”。

チェチーナは、リヴォルノ地方の薪窯のあるピッツェリアで見つけることができます。
ファリナータと呼ばれるリグーリア州でも、名物のフォカッチャを焼くお店の定番メニュー。
リストランテでは味わえない、庶民の地方料理の素朴な美味しさをぜひ味わってみてください。

ところで、リヴォルノから海岸沿いに約40km南下したところに、チェーチナという町がありますが、
両者の意味上の関係はありません。
混同しないように、アクセントに気をつけて注文してくださいね!


Pizzeria "Rizieri"
Via C. Battisti, 35/37 Viareggio (LU)
Tel. 0584-962053


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2012/06/07

サバティーニの伝統

フィレンツェを見下ろす丘の上の町・フィエーゾレ。
ローマ時代の遺跡が点在するこの小さな町は、実はそれ以前のエトルリア時代からの古い歴史を
誇り、その歴史的経緯から「フィレンツェ発祥の地」、「フィレンツェの母」などと謳われています。

フィレンツェからフィエーゾレへと上る坂道には、緑あふれる田園風景が広がり、大きなヴィッラが
並んでいます。いずれも世界の富豪たちの別荘。
超高級別荘地を優雅に抜ける、緩やかな山道からは、レンガ色に広がる美しいフィレンツェの
街並みを望むことができ、その中心にドゥオーモのクーポラがひときわ大きくそびえています。

その丘の中腹に、サン・ドメニコ地区(San Domenico)の町があります。
フィレンツェ・グルメ社交界の顔役、マッシミリアーノ・フェッリ氏が、ここにある一軒のリストランテを
紹介してくれました。


「ピアッティ・エ・ファゴッティ」(Piatti e Fagotti)

オーナーはトンマーゾ・サバティーニ氏。
空手師範であるフェッリ氏と、同じく空手家の同氏は、古いつきあいだといいます。
ランチのやや遅い時間に訪れた私たちでしたが、トンマーゾ氏は大いに歓迎してくれ、
2種類のラザーニャをごちそうしてくれました。

旬であるアーティチョークのラザーニャは、春らしい軽やかな逸品。
もうひとつ、伝統的なトマトベースのラザーニャは、挽き肉ではなく牛肉がそのまま入った
ミートソースが、旨味をさらに引き立てています。


フィレンツェに本店を構える、世界的名店「サバティーニ」(Sabatini)。
東京・銀座にも出店していて、30年以上に渡って日本に本格イタリアンを伝えた老舗として、
ご存じの方も多いのではないでしょうか。
その創業者、ヴィンチェンツォ・サバティーニ氏は、トンマーゾ氏の祖父にあたる方です。

ヴィンチェンツォ氏の息子(トンマーゾ氏の父)が心理学者の道を進んだため、「サバティーニ」の
経営権は1980年に他者に引き継がれています。
そして、再び料理への回帰を志した孫のトンマーゾ氏がリストランテをオープンさせたのが、
ここフィエーゾレのサン・ドメニコ。
フィレンツェの母なるフィエーゾレで、伝統的なフィレンツェ料理を提供しています。

Gastronomia

同店の特徴として、リストランテの入口に、惣菜カウンター・ガストロノミアを併設していることが
挙げられます。
ここでは様々な食材を購入できるほか、各種惣菜をテイクアウトすることもできます。
パニーノもぜひつくってもらいましょう!

ランプレドット(Lampredotto)はオススメ。
日本では「ギアラ」と呼ばれる牛の第4胃袋で、パニーノにはさんで食べるスタイルは、
フィレンツェでしか味わえない定番の伝統料理です。
牛の第2胃袋、いわゆる「ハチノス」の煮込み・トリッパ(Trippa)も用意しています。

パルマ、サン・ダニエーレといったイタリアを代表する生ハムはもちろん、ぜひ試したいのが、
シエナ産黒豚、チンタ・セネーゼの生ハム。
スライサーではなく、手で直接切り分けるので、繊細な風味を存分に味わうことができます。
チーズも、ピエンツァ産ペコリーノ(Pecorino di Pienza)をはじめ、各種揃えてあります。


ガストロノミアでテイクアウトして、オリーブ林の広がるフィエーゾレの田園で食べるのも、
とても気持ちの良いものでしょう。
眼下に広がる“花の都”フィレンツェの、ため息の出るような美しいパノラマが、忘れがたい味の
最後のスパイスです。


Gastronomia - Antico Ristoro "piattiefagotti"
Via delle Fontanelle 3/9/11 San Domenico, Fiesole
http://www.piattiefagotti.com(イタリア語)


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2012/06/02

フェラガモのワイン

サルヴァトーレ・フェラガモといえば、世界的に有名なファッションブランド。
イタリア南部に生まれた彼は、靴職人としてアメリカで名声を得た後、1927年にフィレンツェで
同ブランド店を開業しました。
現在でも、本社と博物館が、フィレンツェ市内のスピーニ・フェローニ宮殿に置かれています。

世界有数の資産家となったフェラガモ家ですが、実は現在、ワイン造りも行っています。
先日、フェラガモ本社のある同じアルノ川沿いのバールで、そのワインを飲む機会がありました。


「イル・ボッロ」(Il Borro)/イル・ボッロ農園(La Tenuta il Borro)
2008年・IGT (Indicazione Geografica Tipica)

やや紫がかった非常に濃い赤色で、味も濃厚。厚みのあるタンニンを強く感じながらも、
バランスの良い深みがあり、コクのある優美な香りの余韻も、いつまでも持続するほど。
以下の4種類のブドウを使用し、2年間熟成(樽18ヶ月+ボトル6ヶ月)を経たワインです。

50% メルロー(Merlot)
35% カベルネ・ソーヴィニョン(Cabernet Sauvignon)
10% シラー(Syrah)
5% プティ・ヴェルド(Petit Verdot)


フィレンツェからアレッツォに向かう街道に広がる、アルノ渓谷(Val d'Arno)。
そのプラトマーニョ山麓に、イル・ボッロ村があります。
数百万年前の古代には、いくつもの大きな湖がこの渓谷全体に広がっていたといい、
その豊潤な水で形成された肥沃な大地が、このワインを育んでいるのです。

1993年、フェラガモ家の依頼を受けたワイン醸造家、ニコロ・ダッフリット氏(Nicolò D'Afflitto)が、
地質調査の結果を踏まえ、イル・ボッロ村に新たなブドウを植える助言をしました。
在来種のサンジョヴェーゼではなく、すべて外来種でつくられた「イル・ボッロ」は、いわゆる
“スーパー・タスカン”ワインとして、すぐに高い評価を受けます。

イル・ボッロ村の中世の小さな町と周辺の広大な土地のすべては、同年にフェラガモ家によって
購入され、アグリトゥーリズモ的な自然滞在型の超高級保養地として大きく変貌しました。
ワイナリーの他、オリーブオイルの生産、キアニーナ牛の飼育なども行われ、リストランテでは
伝統的な土地の食文化をベースにした、洗練された料理を味わうことができるとのこと。


さて、このイル・ボッロ農園では、他の銘柄も生産しています。
100%サンジョヴェーゼの「ポリッセーナ」(Polissena)、75%シラー+25%サンジョヴェーゼの
「ピアン・ディ・ノーヴァ」(Pian di Nova)は、いずれも18ヶ月熟成の赤ワイン。
そして、100%シャルドネの白ワイン、「ラメッレ」(Lamelle)。

世界中で称賛される、フェラガモのモノづくりの伝統を、ぜひワインでもお試しください!
徹底して追求した上質の味を、感じていただけるはずです。


イル・ボッロ・公式サイト(イタリア語・英語)
http://ilborro.it/


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2012/05/31

カフェ・コレット

日本のイタリアンバールでもお馴染みの、カフェ・コレット。
エスプレッソに少量のアルコールを注いだコーヒーです。

イタリア語の発音では、カフェ・コッレット(Caffè Corretto)に近いですが、日本語の感覚では
やや言いづらいですね。
「正す、訂正する、味を良くする」といった意味で、「(アルコールを)加味したエスプレッソ」と
いうニュアンスです。

日本では、「グラッパ入りエスプレッソ」と訳されることが多いのですが、加えるアルコールは
それだけとは限りません。
グラッパと同じ蒸留酒のブランデーやコニャック、イタリア産ビター系リキュールのアマーロ、
アニス酒のサンブーカは、いずれもポピュラー。

食後のエスプレッソに、アルコール度の高い食後酒を加えることで、消化を助ける働きが
あります。
ランチやディナーの後や、特に冬の寒い日では午後の一杯としてもよく飲まれます。

日本ではむしろ、スウィート系リキュールを加えるメニューが一般的ですが、これは苦味が
苦手な日本人向けアレンジだといえます。
アマレット(アーモンド)、ベイリーズ(ウィスキー&クリーム)、カルーア(コーヒー・クリーム)、
フランジェリコ(ヘーゼルナッツ)、コアントロー(オレンジの果皮)など。

こうした観点から見れば、アプリコット・ブランデーやクレーム・ド・カカオ、チョコレートや
ピーチなどのリキュールもよく合うのでは…?

メニューに載っていなくてもカウンターに並ぶボトルで選べれば、それは間違いなく
イタリア流のバールの楽しみ方。
オリジナリティ溢れるアイデアで、自分好みのカフェ・コレットを注文してみてくださいね!

Caffè Corretto

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2012/05/30

イタリアのリキュール・カンパリ

イタリアのバールのカウンターには、色とりどりのリキュールやスピリッツ(蒸留酒)のボトルが
たくさん並んでいます。
レアなボトルを見つけたりと、眺めているだけでも楽しいのですが、ではその中で一番人気の
あるボトルは何でしょう?

答えは「カンパリ」。
イタリアが世界に誇るリキュールで、その鮮やかな赤色と爽やかなほろ苦さが特徴です。


バールでの消費量は他のボトルを圧倒していて、バリスタとしては、在庫管理と発注において
まずチェックするボトルでもあります。

一番人気といっても、それは消費量の話。カンパリ単体で飲まれることは、ほとんどありません。
例えば「カンパリ」と注文すれば、「カンパリソーダ」のことだと理解されるでしょう。
1930年代に発売されたカンパリソーダの小瓶は、そのデザインも変わらず愛されています。
カンパリソーダには、お好みで氷やオレンジスライスを入れてもらいましょう。
これに少量のジンを加えるのもポピュラー。

ボトルのカンパリ・リキュールを注文する際は、「ビッテル・カンパリ」(Bitter Campari)と言って
みてください。
白ワインやスプマンテに少量のカンパリを注ぐ注文も非常に多く、アペリティーヴォ(食前酒)に
ふさわしい華やかさを演出してくれます。

こうしたカジュアルな飲み方の他、やはりカクテルの材料として有名ですね。
イタリアでは、「アメリカーノ」と「ネグローニ」が大人気!
近年流行している「アペロール・スプリッツ」も、アぺロールに代えてカンパリを使う注文が
増えています。

日本で人気の「カンパリオレンジ」は実はそれほど注文は多くなく、「スプモーニ」に至っては、
その存在すら知られていないのが不思議ですが…。

Campari Soda

イタリアのバールはもとより、世界中で大人気のカンパリ。
その誕生はイタリア北部、ミラノ近郊の町・ノヴァーラでした。

この町でバールを経営していたガスパーレ・カンパリ氏(Gaspare Campari)が、「ローザ・カンパリ」
(Rosa Campari)と呼んだ新しいリキュールを開発します。
これが現在のカンパリで、レシピは当時とまったく変わっていません。
様々な野草、香草、果実を抽出したものですが、製法は秘伝として明かされていないため、
原材料は20種類と言う人もいれば、60種類と言う人もいるようです。

その新商品を売り出すべく、1860年、ガスパーレ氏はミラノ社交界の中心・ガッレリアに、
「カフェ・カンパリ」をオープンさせます。
カンパリはアペリティーヴォの主役として、瞬く間にミラノ市民に大評判になったといいます。

息子のダヴィデ・カンパリ氏(Davide Campari)が2代目を継ぎ、ビジネスに長けた彼の戦略のもと、
世界的な酒造メーカーとして大きな発展を遂げました。

カンパリは現在、世界190ヶ国以上で販売されていて、他の様々な銘柄もグループ傘下に
収めています。
チンザーノ(ヴェルモット)、チナール(アマーロ)、アペロール、フランジェリコ(ともにリキュール)、
SKYY(ウォッカ)、ワイルド・ターキー(バーボン・ウィスキー)などは、耳にしたこともあるのでは
ないでしょうか。

Bitter Campari

ミラネーゼ(ミラノっ子)の誇りであるカンパリは、今では「イタリアの情熱の赤」に形容され、
世界中でその輝きを増しています。

"CAMPARI"の"R"を取れば…、"カンパイ(乾杯)"ですね!
そんなシャレでイタリア人に日本語を教えつつ、今日もカンパリのグラスには友人の笑顔が
映っています。


カンパリ社・公式サイト(イタリア語・英語・ドイツ語)
http://www.campari.com/


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2012/05/24

ドルチェの新潮流

トスカーナのワイン産地を巡る旅でもお馴染みの、マッシミリアーノ・フェッリ氏が、今回は
現在フィレンツェで最も注目されているパスティッチェリーア(菓子店)を紹介してくれました。

* * * * * * *

「ドルチ・エ・ドルチェッツェ」
フィレンツェの中心・歴史地区からやや離れた場所にある、フィレンツェっ子御用達のお店。

内装はアール・ヌーヴォー様式で、フランスやベルギー風の雰囲気。
淡いミント色の色調で統一され、「お菓子箱」のような可愛らしさで溢れています。
店内は約5メートル四方とコンパクトですが、天井が高いために狭さを感じさせず、スッキリした
印象。シャンデリアがとても優雅です。

左右に向かい合うカウンターにはショーケースが置かれ、まるで宝石のようなお菓子がシンプルに
並べられていました。
その小さなカウンターに立つお客さんが、上品にお菓子を口に運んでいました。
バールというよりは、ドルチェのアトリエといった趣きです。


私たちを迎えてくれたのは、オーナーのジュリオ・コルティ氏の美しい愛娘・アンジェリカさん。
とても丁寧な説明で、お店に並んだお菓子をひとつひとつ紹介してくれました。


ジュリオ氏は、元々フォトグラファーだったといい、自宅で研究を重ねて完成させたドルチェは、
これまでのイタリアの伝統製法を覆す革新的なもので、その味は驚きそのもの!
アンジェリカさんが、「父は家でも料理がとても上手だった」と話してくれました。

私が頼んだレモンのタルトは、ヴァニラ・クリームの柔らかい味に、シロップ漬けのレモンピール
の酸味がほんのり香り、一口サイズのタルトの中に壮大な調和を生み出していました。
チーズケーキ(Cheesecake)やラズベリーのタルト(Tortina ai Lampone)なども同様に、
その繊細でまろやかな風味は、まさに「甘美」という言葉がピッタリ。


アンジェリカさんが、この日のおすすめ、リンゴのタルト(Torta di Mele)を味見させてくれました。
ブラウンシュガーの上に薄くスライスしたリンゴを幾層にも重ね、ハチミツを塗ってオーブンで
焼いたというシンプルなもの。
焼く前のタルトをわざわざキッチンから持ってきて見せてくれるなど、親切に説明してくれました。

小麦粉を一切使用していないため、リンゴの自然の甘味が口いっぱいに広がり、素材の味を
見事なまでに堪能できる逸品。
素材をミルフィーユ状に重ねた独特の食感は贅沢で、各層の間から果汁が溢れ出てきます。
上からかけた自家製クリームも、これほどデリケートなものは唯一無二といってもいいでしょう。


最後にテイクアウトしたのが、お店のシンボル、ビター・チョコレート・ケーキ(Torta al Cioccolato)。
高さ2cmほどの平たいシンプルさが特徴的で、ビター・チョコレートとパウダーシュガーの色の
コントラストがとても美しく、浮き立たせた店名にオリジナルが表れています。
キャンディのような可愛らしい包装も個性的。

食感は非常にやわらかく、しっとり。
こちらも小麦粉を使用していないので、ビター・チョコレートの濃縮された味わいそのもの。
これほど上質な味に向き合うとき、量で満足させる必要はまったくない、とあらためて実感します。
一口ごとに、時を止めて甘美の世界にいざなう味は、もはや魔法ともいうべき…。


いずれも共通しているのは、「よりシンプルな材料で、素材の味をより引き出す」という
イタリア料理にも通じる信念。
繊細な味に、丹念に手を掛けた製造工程が垣間見えますが、フランス菓子的ともいえるその
洗練されたクオリティの中にも、こうしたイタリアの味覚への美意識を感じることができます。


さて、このお店では、非常に美味しいエスプレッソ・コーヒーも飲むことができます。
エスプレッソマシンは一見では目につかないカウンターの奥に置かれていますが、
フィレンツェで最も評価の高い焙煎メーカー&バール「ピアンサ」(Caffetteria Piansa)から
卸された豆を使用。
香ばしく深みのあるエスプレッソは、ドルチェの余韻を完成させる、最後の一杯にどうぞ!


「ドルチ・エ・ドルチェッツェ」
"Dolci e Dolcezze" / Piazza Beccaria 8r


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2012/05/14

フィレンツェ郷土料理店

先日、同じ夜に2人の友人がフィレンツェを訪れ、それぞれを紹介する形で会食をしました。
ニューヨーク在住の日本人画家と、ウィーンのEU機関に勤めるルクセンブルク人。

生まれも、居住地も、仕事もまったく異なる3人による、多方面の意見交換も目的でしたが、
せっかくなので、この機会に伝統的なフィレンツェ郷土料理を紹介することにしました。
そこで、かねてから注目していた老舗リストランテ「レ・フォンティチーネ」(Le Fonticine)で
待ち合わせることにしました。


アペニン山脈裾野の盆地に広がるフィレンツェの料理といえば、まず肉料理です。
各種ビーフステーキや、野ウサギ、イノシシ、シカなどの野趣溢れるジビエ料理が有名。
一方で、豆料理も代表的で、野菜を多用した農家の素朴な家庭料理が多いのも特徴です。

その中でも、倹約家といわれるフィレンツェ人気質を表すように、安い食材や残り物を使った
「クチーナ・ポーヴェラ」(Cucina Povera)と呼ばれる庶民料理の幅広さは特筆すべきところ。

この日は軽めの夕食にしたかったので、このクチーナ・ポーヴェラを注文することにしました。

* * * * * * *

第一の皿:「リボッリータ」
フィレンツェのクチーナ・ポーヴェラの代表的な一皿です。
余った野菜スープ(ミネストローネ)に、そのまま食べるには固くなり過ぎたパンを入れて、
料理名の意味通り「再び煮込んだ」もの。

もちろんリストランテですから、余り物を出すことはなく、各素材のエッセンスが上品に調和をとる、
実にデリケートな味わいでした。

タマネギ、ニンジン、セロリといった香味野菜に、黒キャベツ、ちりめんキャベツ、ビートなどの
青菜やインゲンマメが入って、栄養も満点。トマトピューレの爽やかな酸味も効いています。
パンを加えて煮込むため、汁気のないスープになるのがポイントです。

カメリエーレ(給仕)が目の前でパルミジャーノ・チーズを削ってくれ、トスカーナ産のオリーブオイル
をかけてくれました。これで風味がぐっと引き立つわけです。

Ribollita Contadina

第二の皿:「フィレンツェ風トリッパの煮込み」
トリッパとは、牛の第二胃袋のことで、日本ではハチノスと呼ばれているもの。
イタリア各地で食されますが、特にフィレンツェのトリッパ料理は有名です。
下茹でしたトリッパを香味野菜のブイヨンとトマトで煮込み、パルミジャーノ・チーズ、黒コショウ、
オリーブオイルをかけて、いただきます。

Trippa alla Fiorentina

食後、カメリエーレに頼んで、ワインセラーを特別に見せてもらいました。
オーナーのシルヴァーノ・ブルーチ氏が、丁寧にワインを説明しながら、1959年の創業以来
53年間の歴史についても語ってくれました。
町の多くの美術品に大損害を与えた1966年のアルノ川の氾濫では、このリストランテも甚大な
被害を受け、それでも苦労の末に再生したといいます。



このリストランテの名物は、フィレンツェ料理の代名詞「フィレンツェ風Tボーンステーキ」だと
いうことです。
大きな暖炉のようなつくりの炭焼きグリルで豪快に焼かれたステーキが、次々と各テーブルに
運ばれ、カメリエーレが目の前で切り分けていました。

Bistecca alla Fiorentina

まるで美術館にいるかのように壁面を絵画で埋めた店内は、フォーマルな雰囲気ながら、
家庭的な温かいサービスが心を和ませます。
素朴なフィレンツェ料理を、限りなく上質に高めた繊細な味は秀逸。
隠れ家的な一軒として、すっかり気に入ってしまいました。



リストランテ「レ・フォンティチーネ」
Ristorante "Le Fonticine" / Via Nazionale 79r - Firenze
http://www.lefonticine.com/italiano/iindex.htm(イタリア語・英語)


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2012/05/12

鉄板焼きパニーノ

先日、イタリア・プロサッカーリーグ“セリエA”の試合を、スタジアムで観戦してきました。
青空のもと、何万人という観衆の熱気を感じる解放感は、ファンでなくても楽しめるもの。
しかし、私がスタジアムに行く楽しみはもうひとつ。ここに珍しいパニーノがあるからです!

パニーノといえば、イタリアのバールや屋台の定番ファーストフードですね。
通常は、やや固いイタリア風のパンにハムやチーズなどの切り立ての具材を挟んで、
そのまま食べるか、トースターで温めてもらって食べることになります。

一方で、スタジアムの名物は「パニーノ・アッラ・ピアストラ」(Panino alla Piastra)。
鉄板焼きでつくるパニーノです。

焼きそばやお好み焼きをつくるような鉄板の上で、イタリア風ソーセージ・サルシッチャを焼き、
同じく鉄板の上で温めたパンに、タマネギやペペローニなどの炒めた野菜を挟んだもの。
仕上げに、ケチャップ、マヨネーズ、マスタードソースを好みでかけてくれます。

これが珍しい理由は、移動販売車でしか売られていないから。
この移動販売車を見つけるには、サッカースタジアムの他、郊外の広場や公園、青空市などに
行かなければなりません。

「鉄板で焼く煙や臭いが強いため、オープンスペースでしか作れない」という事情があるのでしょう。
もちろん、普通のバールではエスプレッソやワインなどのデリケートな香りの邪魔になるので
絶対に扱っていないし、いわゆるB級グルメのためリストランテにもありません。

特にサッカースタジアムの外で食べる鉄板焼きパニーノは格別です!
サッカーシーズンは秋から春先になるので、真冬の凍える寒さである場合がほとんど。
そこで食べる、温かくガッツリ食べ応えのある味は、サッカー観戦の腹ごしらえにはピッタリです!

観光巡りではなかなかお目にかかれないものですが、飾らない庶民的な味にこそ、
その国の美味しさが詰まっているというもの。ぜひ探してみてくださいね!

Panino alla Piastra

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2012/04/21

ネグローニ伯爵のカクテル

イタリアにはかつて、「ミラノ-トリノ」と呼ばれたカクテルがありました。
ミラノ生まれのカンパリと、トリノのヴェルモットを合わせたことから、そう呼ばれたもの。

これにソーダ水を加えたものが「アメリカーノ」。
名前の由来は諸説ありますが、約100年ほど前に誕生して以来変わらず、イタリアで
最も愛されているカクテルのひとつです。アペリティーヴォ(食前酒)の定番中の定番!

* * * * * * *

1919年~1920年。イタリア中部・フィレンツェのバール"Caffè Casoni"。
そこで、アペリティーヴォで毎日飲むアメリカーノに少々飽きていた男がいました。
彼の名は、カミッロ・ネグローニ伯爵(Conte Camillo Negroni)。

彼は、バリスタのフォスコ・スカルセッリ(Fosco Scarselli)に訊ねます。
「ソーダの代わりにジンを入れてくれないか?」

カンパリ、ヴェルモット、ジンを3等分に注いだこの味をとても気に入った彼は、その後も
この「いつもの一杯」(il solito)のために通い続けたといいます。
他の常連客も「ネグローニ伯爵のカクテル」を相次いで注文するようになり、そのまま
「ネグローニ」の名で定着して一気に広まりました。

Negroni

現在、アメリカーノとネグローニは、イタリアが生んだ世界のスタンダード・カクテルとして、
あまりにも有名ですね。
国際バーテンダー協会(IBA)の77種類の公式カクテルにも数えられています。
ネグローニ発祥の"Caffè Casoni"は、"Caffè Giacosa"として今でもフィレンツェにありますよ!

ミラノには、「ネグローニ・ズバッリャート」という面白い飲み方もあります。
「間違ったネグローニ」という意味で、ジンの代わりにドライ・スプマンテを使ったもの。
1960年代、ミラノの"Bar Basso"で考案され、これも現在では広く親しまれています。
アルコール度数はやや下がり、スプマンテの気泡が加わって、飲みやすくなっています。

Caffè Giacosa (ex Caffè Casoni) a Firenze

イタリアではどのバールでも、こうして日々新しいドリンクが生まれています。
コーヒーにしても、カクテルにしても、お客さんそれぞれが「こだわり(レシピ)」をもっていて、
例えばカプチーノだけでも、百種類以上ものレシピがあるわけです。

それら千差万別のドリンクをバリスタはつくるわけで(だからこそメニュー表をつくれないの
ですが)、特に個性的なレシピを、便宜上そのお客さんの名前を冠して呼ぶことがあります。
ネグローニの場合、それが世界的なスタンダード・カクテルになりましたが、
これは「バール文化が生んだ傑作」だと言うこともできるのです。

さて、このネグローニも、もし味の好みがあれば、それもバリスタに頼んでみましょう。
甘口ならスイート・ヴェルモットの分量をやや多めに、辛口ならジンを多めにすることで、
調整できるからです。
ですから、ネグローニひとつとっても、常連客の好みのレシピは、すべてバリスタの頭の中に
入っています。


遠くまで「美味しいバールを探し歩く」のではなく、近くのバールで「好みのレシピをバリスタに
覚えさせる」…。
実はこれが、早く確実、イタリア流の「良いバール」を見つけるポイント!
だからイタリア人はみんな、自宅や職場の近くなど、それぞれ便利な場所に行きつけの
バールをもつことができるのです。

これがイタリアのバール文化の最大の強み。
スターバックスなどのアメリカ系コーヒーチェーン店が、イタリアに一切進出できない理由も、
ここにあるのです。

あなたなら、バールでどんな個性的なドリンクを注文してみますか?
数十年後には、あなたの名前がスタンダード・ドリンクになっているかもしれませんよ!


カンパリ・公式サイト(イタリア語・英語・ドイツ語)
http://www.campari.com/
国際バーテンダー協会・公式サイト(英語)
http://www.iba-world.com/


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食前酒・アペリティーヴォ…って何?
バリスタの選び方


2012/04/19

食前酒・アペリティーヴォ…って何?

イタリアのバールの楽しみ方で、アペリティーヴォ(Aperitivo)を欠かすことはできません。
フランス語のアペリティフと同義で、「食前酒」という意味です。
食欲を増進させる働きがあって、バールでは食前酒に合わせたサービスも行っています。

夕食前の17:00頃から21:00頃までの間、バールのカウンターには様々なおつまみが並びます。
ポテトチップスなどのスナック類やピーナッツなど簡単なものを置くバールもあれば、
各種オリーブやカナッペ、カットしたピッツァやパニーノなどを揃えるお店もあります。
これらは、アルコールドリンクさえ注文すれば、自由に好きなだけとっていいのです!

夕食前ほどではないものの、ランチ前にも簡単なスナック類はカウンターに並びます。
また、夕方もしカウンターにおつまみが準備されていなくても、頼めばこうしたものを
出してくれるバールも多いですよ。もちろん無料。

規模の大小あれど、アペリティーヴォはイタリア食文化に欠かせない習慣ですから、
基本的にはどのバールでも、こうしたサービスを楽しむことができるのです。

Aperitivo al bar

ところで、そもそも食前酒向きのお酒とは、一体何を指すのか…。
食前酒の習慣に慣れていない私たち日本人には、少しわかりにくいですね。

一言でいえば、軽い口当たりで、ドライまたはビターな味わいのものが適しています。
代表的なものは、ビール、スプマンテ、ライトボディのドライワイン、ヴェルモットなど。

また、アメリカーノ、ネグローニ、アペロール・スプリッツといったカクテルは、定番中の定番。
その他なら、ベッリーニ、カンパリソーダ、キューバリブレ、マティーニ、ダイキリ、マルガリータ、
ジントニック、ジンレモン、ブラッディメリーなど。

逆に言えば、ディジェスティーヴォ(Digestivo)と呼ばれる「食後酒」向きのお酒を避けて
チョイスすればよい、とも考えられます。
ウィスキーやブランデー、アマーロ、グラッパ、クリーム系やコーヒー系リキュールなど。
アルコール度数の高いものや、甘過ぎるものは、胃を閉める働きがあるからです。

また、食前酒向きなら、ノンアルコールドリンクでも、実はおつまみを自由にとっていいのです。
ノンアルコールのカクテルやビールはもちろんのこと、コーラやスプーマなどの炭酸飲料、
フルーツジュースといったところまで。

クロディーノ(Crodino)やサンビッテール(Sanbittèr)といった、食前酒用のビター系ノンアルコール
ドリンクはオススメです。鮮やかな色合いと炭酸の気泡は、カクテルの華やかさそのもの!
お酒が飲めなくても、みんなで楽しめるのが良いところですね!

Americano

それでも、アペリティーヴォはあくまで食前酒。
1-2杯飲んで、軽くつまんで、お腹が減ってきたところで夕食に向かうのが、スマートな過ごし方。
外食前の待ち合わせ場所としても最適で、友人たちが揃うまで時間を気にせず楽しめます。

一日仕事を終えて、こうして家族や友人との食事に向かう人々の笑顔に接するのは、
バリスタとしても、とても気持ちの良いものです。

Aperi-Cena

ところで、近年の流行として、アペリチェーナ(Aperi-Cena)というサービスが人気を呼んでいます。
夕食という意味の言葉をつなげた造語で、ここで夕食を済ませられるほど本格的な料理を
豪勢に並べたサービス。
サラミ類やチーズ、パスタ、サラダ、フライや肉料理など、出来たてが次々に並びます。

最初のワンドリンクの料金が上がるお店が多いですが、料理はどれだけ食べても無料。
こうしたスタイルはミラノが発祥だといわれ、ミラノの各バールの充実ぶりには驚くばかりです。

アペリチェーナは、若い日本人留学生の皆さんにも大人気。
飲む場所として、小皿料理を揃える日本の居酒屋のようなお店が無いイタリアですから、
それも納得ですね。

旅行者の方々にも、ぜひ挑戦してほしいと思います。
イタリア人が賑やかに過ごす夕暮れのバールの雰囲気を、きっと楽しめるはずですよ!

でも、アペリティーヴォは、夜の始まりに過ぎません。
ここで心も身体もリラックスして、素敵な夜を過ごしてくださいね!


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2012/04/16

スマートなチップの渡し方

イタリアのバールで働いていて、日本から来るお客様から様々な質問を受けます。
その中で最もよく訊ねられることが、「チップはどうしたらいいか?」

「義務ではなくお気持ちなので」と言うと、皆さんとても安心して、チップを置いていきません。
日本文化を知る私個人としては感謝の一言だけで充分嬉しいのですが、ここではイタリアで
他のバールやリストランテを利用するときに戸惑わないよう、チップのシステムについて
少しお話ししてみようと思います。


そもそもチップとは何なのか?
感謝の気持ちを少しばかりのお金で表すことは、欧米社会ではとても自然なこと。
「感謝」と言うと曖昧になりますが、プロの技術・もてなしに対する「敬意」に近いニュアンスです。
「自身の満足度」と考えるより、「プロのサービスへの対価」だと言えば分かりやすいでしょう。

居心地良く楽しく食事ができることが普通ですから、もしチップを置いていかなければ、
「何か不手際があったのか?」と解釈されるでしょう。
チップ制度が前提の社会なので、現実的に店員の収入にも大きく影響してきます。

歴史や文化の根本から違うこの価値観を、日本の感覚で理解することは難しいのですが、
例えば日本でも、旅館の仲居さんに手渡す「心付け」に近い感覚だと思えば、どうでしょうか?
滞在中の担当として丁寧な仕事でお世話になり、さらに親身になって観光の相談にも乗って
もらえば、包む額も弾みたくなるものですよね!

* * *

とはいえ、ヨーロッパの感覚では(事実は別として率直な意見として)、アメリカのチップ文化は
働く人になら何でもばら撒いているような行き過ぎたものに映るといいます。
そのヨーロッパの中でも、イタリアはそれほどチップ制度が徹底しているわけではありません。
特に「専門技術」「特別待遇」に感動したとき、イタリア人は快くチップを置く傾向があるでしょう。
それ以外にチップを置かなかったとしても、マナー違反とまではなりません。

具体的には、丁寧に料理の説明を受けたり、特別メニューを頼んだり、写真を撮ってもらったり、
観光地のアドバイスを訊ねたりと、カメリエーレ(給仕)に通常の食事以上のサービスを受けた
場合は、必ずチップを渡すようにした方がいいと思います。
料理の味にも満足し、素敵な時間を過ごせたなら、やはりチップを置いた方がいいでしょう。


お店によっても異なりますが、テーブルを担当したカメリエーレがチップ全額を受け取る場合と、
後でコックも含めた従業員全員で分ける場合があります。
後者である場合を考えて、他の店員に見えないようにカメリエーレにチップを渡すお客様も
多くいらっしゃいます。握手をしながらこっそり渡す方も多いですよ!
担当したカメリエーレ個人に対する強い感謝の表れで、非常に喜ばれるひとつの方法ですね。

イタリアでは支払いはテーブルで済ませます。
チップを上乗せした額を渡せばスムーズですし、最後にテーブルに置いて出て行っても
問題ありません。チップを含めてカードで支払うこともできます。
慣れているお客様だと、明細書に「+○○ユーロ」と追記したり、「おつりは○○ユーロで」と
伝えたり、あくまでさりげなく済ませます。
直接手渡す場合は、「グラーツィエ/ありがとう」(Grazie)、「ペル・レイ/あなたに」(Per lei)と
言いながら渡せば自然です。イタリア語でチップを表す「マンチャ」(Mancia)を口にするのは、
やや直接的でスマートではありません。
(※サービス料(Servizio)が会計に含まれている場合は、チップは不要です)

* * *

ところで、ほとんど知られていないことが、バールのカウンターで立ち飲みするときのチップ。
ここでは通常必要ありませんが、チップを置けば喜ばれるでしょう。
カウンターに専用のお皿やグラスを置いているバールもあります。
エスプレッソやカプチーノなら、10セントか20セントのワンコインで充分です。

また、あらかじめチップを置きながら注文すると、ドリンクづくりからバリスタは気合いが入ります。
コーヒーやカクテルなど、最大の集中力と技術でつくった完璧な一杯を提供してくれるはず!
イタリア人の中でも、バールに詳しい通のテクニックです。


最後に、私が受け取った最も感動的なチップをご紹介しておきます。

テラスでランチをとった日本の若いカップルのお客様を担当したときのこと。
帰り際、カウンターで作業をしていた私のところまでわざわざ挨拶に来ていただきました。
そこで女性の方と握手をした際に、私の手の中に、飴玉を2つ残していかれたのです。
よく見ると、そこには日本語で「生梅飴」と書いてありました。
驚いたときには、笑顔で手を振りながら出て行かれる姿を見送ることしかできませんでしたが、
遠く離れた日本の懐かしい味と、「がんばってください」の一言に、涙が出る思いでした。


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2012/04/14

洋食ドリアの謎…

幼い頃から大好物だった、ドリア。
バターライスの上にベシャメルソース、チーズ、様々な具材をのせてオーブンで焼いたもので、
シーフードドリア、チキンドリアなどが定番ですね。

その材料や、日本の「洋食」の歴史から、フランス由来の料理だと思っていました。
しかし、某イタリアンチェーン店でも「ミラノ風ドリア」が人気メニューであることから、
ふとイタリア由来の可能性も考えてみたものです。
イタリアはリゾットなどの米料理がポピュラーですし、「ドリア」(Doria)はまさにイタリア語的な
言葉の響き…。


長いイタリア生活のなかで、ドリアのこともすっかり忘れていた頃、ジェノヴァ共和国の
名門貴族・ドーリア家について知ることがありました。
ルネッサンス期に海軍提督として一躍名を馳せたアンドレア・ドーリアを生んだ一族として、
ジェノヴァ人のみならずイタリア人なら誰でも知っている名家です。

ジェノヴァの名門サッカーチーム・サンプドリアの名前にピンときたら、かなりの勘の良さ!
町の西側・サンピエールダレーナ地区(Sampierdarena)の市立スポーツクラブと、
アンドレア・ドーリア提督の名を冠したスポーツクラブの両サッカーチームが、
1946年に合併して「サンプドーリア」(Sampdoria)となったのです。


この「ドーリア」家と、洋食「ドリア」が、こうして頭の中でつながったとき、両者の歴史的関係に
確信を抱きました。
実際に見識あるイタリア人に訊いて回ったところ、料理としてのドリアを知る人は皆無でしたが、
「ジェノヴァのドーリア家に関係しているかもしれない」と、一様に口をそろえるのです。

バターライスやグラタンといったドリアを構成する要素は、いかにもフランス的です。
地中海式農業のジェノヴァには、バターやお米をつかった伝統料理はほとんどありません。
しかし、ジェノヴァには隣接するフランスの影響を受けてきた歴史があり、また、フランス料理界で
ヨーロッパ社交界のドーリア家にちなむ逸話があったとしても、何の不思議もありません。

結論を言えば、ドリアはイタリア語ですが、イタリアのどの地域にもこのような料理はありません。
ジェノヴァにも、そしてミラノにも…。
某チェーン店の「ミラノ風ドリア」は、「(サフラン入り)ミラノ風リゾットのドリア」と名前を変えれば、
誤解はかなり減るでしょう。


日本でのドリアの発祥は、実は非常に明確な資料によって明らかになっていると分かりました。
戦前、横浜ホテルニューグランドの初代総料理長を務めたスイス人シェフ、サリー・ワイル氏
(Saly Weil)が最初につくったとされています。
日本に本格的な西洋料理をもたらした重要人物ですが、ドリアはフランス料理の手法を
用いた創作料理とのこと。やはり、日本で生まれた「洋食」だったんですね。

現在でもホテルニューグランドの名物料理だといいますが、発祥の経緯がこれだけ明らかなのに、
「ドリア」と名づけた理由に触れている文献が見当たらないことが不思議です…。
料理名には必ず由来があるもので、ワイル氏がこれについて何も語っていないとすれば、
きっとフランスにドリアという名の似たような料理があるのでしょう。
私にはフランス料理の知識はないので、それ以上はさらに調べる必要がありますが…。


イタリアではドリアのルーツを見つけることはできませんでしたが、日本の洋食文化の面白さを
あらためて発見し、フランス料理とイタリアの関わりを探る次の楽しみを見出した気がしました。


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2012/04/10

トスカーナ・ワイン街道(2) - モンタルチーノ

マッシミリアーノ・フェッリ氏と巡る、トスカーナ・ワイン街道。
モンテプルチャーノの町を後にし、西に山を下ると、オルチャ渓谷(Val d'Orcia)が広がります。

比較的平坦なキアーナ渓谷とは風景が変わり、よりやわらかな曲線で波打つ小麦畑は、
まるで緑のベルベットを広げたかのよう。
言葉にならないトスカーナの美しすぎる田園風景に、思わずため息が出てしまいます。

* * * * * * *

その途中に、世界遺産の町・ピエンツァがありました。
ローマ法王・ピウス2世が自らの名を冠してルネッサンス様式に造り変えた、中世の理想郷。
ここは羊の乳でつくられるペコリーノ・チーズが有名だということで、可愛らしい小さな町の
あちこちに、甘いチーズの香りが漂っていました。

ペコリーノには地元のハチミツを合わせて賞味するといい、最もよく合う甘過ぎないハチミツを
選んでもらいました。
秋には旬の洋ナシと合わせるのも定番。
フェッリ氏曰く、トスカーナ地方にはこんな言葉があるそうです。

「チーズに洋ナシを添えるとどんなに美味しいか、農夫に勧めるのは野暮」
"Al contadino non far sapere quanto è buono il cacio con le pere."

Pecorino di Pienza
Pecorino Toscano DOP

さらに西に進み、急斜面に張りつくブドウ畑やカンティーナ(ワイナリー)の看板が目立つ
ようになると、うねる山道の先の高台に、モンタルチーノの町が忽然と現れます。

モンタルチーノは、トスカーナのみならずイタリアでも最高級と評される赤ワイン、
「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノDOCG」を生む、世界的に有名なワインの聖地。
その華やかな名声に比べて、町は小さく素朴なたたずまいで、中世に迷い込んだような
錯覚を起こさせるほど、落ち着いた雰囲気が印象的でした。

それでも町の最も高い場所にそびえる巨大な要塞は堂々とした威厳を放ち、中世からの
無骨な気風が、「ワインの王様」を生んだのではと思わせるほど。
強烈な存在感は、町のシンボルです。

その要塞の中に、市営のエノテカを見つけました。
そこには様々なカンティーナのブルネッロが並び、圧倒的な光景に気持ちは高まります。
スーパー・タスカンと呼ばれる、新時代のイタリアワインの最高級品も一堂に揃え、
1000ユーロにも達するボトルを手にする緊張感に、心も酔いしれるほど…。

破格の名声を誇るこのワインは、実はそれほど歴史の古いものではありません。
1850年代、クレメンテ・サンティ(Clemente Santi)という人物が、すでにキャンティなどに
使われていたサンジョヴェーゼ種から、サンジョヴェーゼ・グロッソという新しいブドウ品種を
生み出し、まもなくワイン造りが始まります。
その後各地の国際博覧会で次々と賞を獲得して、一気に世界的評価が高まったのです。
現在ではアメリカ系大資本などからの投資が続き、生産者数や栽培面積は飛躍的に
急増しています。


ここでは、バールでゆっくりブルネッロを味わうことにしました。
この地域の生ハム、サラミ、チーズを切ってもらい、ブルネッロの力強くもなめらかな深い
味わいを堪能しました。

しかもそのバールのセレクトは、2003年もの。私がイタリアで暮らし始めた年です!
右も左も分からず、新鮮な発見の連続と文化の大きな壁に無我夢中だった1年目。
とても暑かったあの夏に育ったブドウと、10年目の今その故郷で再会し、感慨もひとしおでした。
時代を超えて自分の原点と向き合える喜びも、ワインの大きな魅力のひとつですね。

Brunello di Montalcino DOCG

ブルネッロと同じ地域・ブドウ品種で造られるものに、「ロッソ・ディ・モンタルチーノDOC」が
あります。
最低28ヶ月(樽熟成24ヶ月+ボトル内熟成4ヶ月)の熟成を要するブルネッロに比べて、
こちらは収穫翌年の9月には出荷でき、比較的リーズナブルな価格で楽しむことができます。

私にとっては、高級イタリアワインの美味しさを初めて知った思い出の1本で、大切な人への
贈り物として決めている銘柄。自信を持ってオススメします!

約60本ものワインを試飲できるエノテカ


ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ協会・公式サイト(イタリア語・英語・中国語)
http://www.consorziobrunellodimontalcino.it/


【関連バックナンバー】
トスカーナ・ワイン街道(1) - モンテプルチャーノ
ボルゲリ - ブドウ畑の貴族邸