2014/04/25

貧者のカフェ・ソスペーゾ

イタリア南部・ナポリのバールには、今でも残るステキな習慣があります。

1杯のエスプレッソを注文する人が2杯分の代金を支払い、その後に来るであろう見ず知らずの貧しい人のために、1杯分のエスプレッソをストックさせておくのです。

こうしてストックされたエスプレッソのことを、「カフェ・ソスペーゾ」(Caffè Sospeso)といいます。
支払い済みで提供を「留保されたコーヒー」という意味。

カフェ・ソスペーゾの数はバリスタが責任を持って管理していて、お金に困った人がバールに来たとき、その範囲内でエスプレッソをサービスするのです。

わずかワンコインの思いやり。
人情味あふれるイタリア人の、飾らないバールの日常です。


イタリアのバールは、社会すべての人々に利用される場所。

私が勤めるフィレンツェのバールにも、地元出身のイタリア現首相から地域のホームレスまで、社会を構成する老若男女すべての人が訪れます。

一度バールに入れば、社会的階級や貧富の差はありません。皆が平等にカウンターに肩を並べ、コーヒーを飲み、気軽に声を掛け合い、友人となっていきます。
そして、またそれぞれの生活の場所に戻っていきます。

そんな光景が日々繰り返されるバールの中は、イタリア社会の縮図であり、あらゆるイタリア文化に触れることができる…。
その中心(カウンター)に身を置いてイタリアを知ることが、私がバリスタという仕事に魅力を感じたひとつの大きな動機でした。

なかでも実際に感銘を受けたのは、お金がない人も平等にバールを利用できるということ。
それを象徴する習慣がナポリをはじめとするイタリア南部のカフェ・ソスペーゾですが、私が渡り歩いた北・中部のバールでも、社会的弱者がバールという「縮図社会」から疎外されることは決してありません。

ここでは、バール側が彼らに無償でエスプレッソを淹れます。お腹が空いていれば、ブリオッシュを添えることもありますが、代金を要求することはありません。
あまりにも身なりが汚かったり、異臭すらするようなホームレスには、他のお客様の迷惑にならないように、ビールとパニーノを持たせてさりげなく帰します。

私がイタリアでバリスタとなった当初、飲食を訊ねて入ってくるホームレスを追い返していましたが、迷惑を掛けまいとした他のお客様や同僚から逆に冷たい視線を浴びたことで、この習慣に気づいたものです…。

施しを与えるカトリック文化が根底にあるのでしょうが、文化の違いは教わるのではなく、注意深く感じ取るしかありません。日本では最高のサービスだとされるものが、他国では必ずしもそうではないことが細かい部分で多々あり、戸惑いながらもイタリア人の感じる幸せを探っていきました。


世界中のどんな国にも、多かれ少なかれ貧富の差はあるもの。
しかし、一人ひとりの一度きりの人生の価値に差はありません。

貧富の差が生まれるのは避けられませんが、社会的弱者に冷たい視線を向けるのか、温かい一声を掛けるのか、その違いの方こそが、個人の集合体である社会全体の幸福度や成熟度の差になっていくのではないでしょうか。

衣食住という生きるための最低限の権利と同時に、プラスアルファ、人生を愉しむこともすべての人の権利であるはずです。
人生に潤いと笑顔を与える一番最初のアクションは、イタリアでは1杯のエスプレッソ。

バールでは、たくさんのステキな笑顔があなたを待っていますよ!


【関連バックナンバー】
イタリアンバールの格付け最高峰
バールで朝食を!
日伊友好史(1) - 戦国時代・カトリック宣教師
バール『ベッラ・イタリア』オープン!バリスタの役割


facebookページ
「いいね!」を押して、新着記事をリアルタイムでチェック!
バリスタYuskeへのコンタクトもこちらから


0 件のコメント:

コメントを投稿